第2話 レディ・カモミール

 時刻は午後8時。


 ここから、わたしの時間が始まる。


 タイムリミットは4時間。


 明日も5時起きだから、最低でも日付が変わる頃までには眠りたいものだ。


 今宵も『ノエル・ヴィンヤード』から『レディ・カモミール』に変わる時間がやってきた。


 慌てて自室に向かう通路を駆ける。


 いや、実際に走ってしまっては侍女長であるメリルさんに怒られてしまうだろう。


 走っているようには見えないように、わたしなりに一生懸命足を進めた。


 ポケットに忍ばせた手記ネタ帳には今日もまた、多くの驚くべき大発見や新事実がぎっしり書き込まれている。


 迷っている時間はない。


 感情ひらめき生物なまものだ。


 新鮮なうちに料理にする必要がある。


 早く自室のテーブルの前に座り、ノートを広げて思いの丈を書き綴りたい。


 脳内に書き留めた今日の出来事を物語の世界に変換して収めるのだ。


 運動神経が悪すぎるためか、足早とはいえなかなか前には進んでいないのだけど、心の中はかなり浮足立っていた。


 早く。


 早く自室に戻りたい。


 このときばかりはいつもうっとりしてしまう壁際の装飾さえも目に入らない。


 突き当りを右に曲がり、中庭にさえ出られればこちらのものよ。


 わたしの自室である使用人たちが使っている住居はもうすぐそこだ。


 毎日のことであるが、このわくわくした気持ちは抑えきることができない。


「ノエル、そんなに慌てて何かあったのかい?」


(え……)


 この時間だけは、何人なんびとたりとも邪魔をさせてなるものか。


 そう思いながらも悲しきかなそんなわけにはいかず、足を止めたわたしはまた『ノエル・ヴィンヤードわたし』として、声の主の方に顔を向け、静かに頭を下げた。


 

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