第9話 一ヶ月

公爵家の専属医師に診てもらって、「まだ休むように」と言われたミロアは、その判断に納得している。窓から落ちた娘を3日で退院させるような医者は前世でも現実にもいたら困るのだから。比較的軽症で済んだようだが、最低でも一ヶ月は屋敷で過ごすことになった。



「これでしばらくは学園生活はお預けね。まあ、別にいいし」



ベッドに寝転がるミロアは皮肉っぽくつぶやく。ミロアには学園に友人らしい人物はいないに等しい。いや、幼馴染と呼べる同年代の少年がいたが、学園に入ってからミロアのガンマへの執着が酷くなっていたせいでろくに話をする機会がなかったのだ。



「きっと彼は私にドン引きしたんでしょうね。誰も好き好んでストーカーと仲良くなりたいと思わないし」



ガンマを追いかけてきた頃のミロアは狂気にかられていたんだと、今のミロア自身が思っているほどなのだ。周りの目だってそのように見えていたに違いない。それは婚約解消しても同じかもしれない。それだけミロアのストーカー行為が目立っているのだから。



「今思えば、よくあんなことができたものね。貴族令嬢のやることじゃないわ。これは友達は期待しないほうがいいかもしれない」



友達は諦める。それは寂しい選択だが、今のミロアにとっては辛い選択というわけではなかった。前世の記憶の影響でミロアの精神は大人びて冷静に自身の周りを確認できるようになった。学園で味方はいないが、屋敷で父と多くの使用人が味方になってくれている現状を思い知って、特段寂しいという気持ちがなくなったのだ。



「もう学園に行く必要もないかな? 勉学なんて屋敷でもできるし……いや、駄目か」



ミロアは公爵令嬢だ。もし、ミロアが婚約を解消しただけでなく学園を退学してしまうようなことがあれば、公爵家の醜聞として噂されるだろう。そうなると公爵である父バーグにも多大な迷惑をかけるのは必然的だ。そんなことはミロアは望まない。



「お父様のことを考えると、学園には通い続けるしかないわね。そうなると学園ではどう過ごそうかしら? ひたすら勉学に励む? 今更なんのために?」



学園とは通常、勉強して学ぶことが重要だ。だが、貴族の通う学園ではそれだけが重要ではない。他の貴族とのコネを作ったり、婚約者を作ったり、情報交換し合ったりするなど、簡易的な貴族社会の場とも言える。そんな中で勉学だけしかやることがないというのは気が引ける。



「う~ん。他に何か学園でやることは…………げっ」



鏡が視界に入ったミロアは自分の顔を見て絶句した。



「これが、今の私……!? ちょっと、ありえないんだけど……」



鏡に映るミロアの顔。見るからに血色が良くなく、肌がカサついてボロボロ、髪は使用人に手入れされているからなんとかギリギリといった感じ、つまり不健康な顔にしか見えない。



「これはまずいわね。今日から規則正しい生活を始めないとだわ」



この日からミロアは一日三食と早寝早起き、肌の手入れを徹底するようにした。体が痛むので、流石に運動はできなかったが、その分だけ読書と勉学に打ち込んだ。

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