097 ジュマルの進路である
お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。野球部がんばれ~!
野球部のメンバーが次々と控え室を出る中、私はジュマルを捕まえて歩きながら喋っている。
「お兄ちゃんも頑張ってね。でも、やりすぎたらダメだからね?」
「おう。ヒロトの言うようにやったらええんやろ」
いまだに
「そそ。いい相棒ができてよかったね」
「せやな。バスケやサッカーにはおらんようなヤツや」
「昔、私に怪我させたの覚えてる?」
「そんなんあったっけ? まぁヒロトはわざとララを傷付けるヤツじゃないから、やってたとしても事故やろ。許したる」
「そっか。ずっとお兄ちゃんのボールを受けてくれるといいね」
「おう!」
ひとつ気になることを聞いてみたけど、ジュマルは覚えてもいないし信頼しているような発言もしているので、これはもう、一番の仲間だと言っていいだろう。
私は大翔君との思い出話をしながら歩き、ジュマルの背中を叩いてピッチに送り出したのであった……
それから私は球場のバックネット裏、一番上に陣取ってカメラを回し、両親に電話を繋ぐ。
「どう? 見えてる??」
『うん! 感度良好よ!!』
『ジュマルがんばれ~~~!!』
「パパ。お兄ちゃんに聞こえないから」
スピーカーに切り替えた電話の先では、母親の返事と父親の興奮した声。その後ろでは、保護者や生徒の声も聞こえているけど、だから誰の声も野球部には届かないんだって。
ちなみに電話の先は、中学校のグラウンド。感染症対策で球場に入れないから、両親が張り切ってパブリックビューイングを整えたんだとか。こういうのは学校がやるのでは? 私がカメラマンしてるし……
「あ、出て来た。そろそろ始まるよ~?」
『『『『『ファイト~~~!!』』』』』
だから聞こえないんだって。
全体の映像しか撮っていないのに、中学校はやたら熱狂しているのであったとさ。
試合が始まれば、中学校はやっぱりうるさい。ジュマルが三球三振連発で強豪校を抑えているのはそこまでではないのだが、強豪校はジュマルの敬遠策を選んで勝負してくれないからブーイングが凄い。
それでもジュマルは、盗塁しまくって三塁まであっという間。サインは簡単すぎるから読まれているみたいだけど、足が速すぎてキャッチャーでは刺せないのだ。
それで焦ったのか、ピッチャーもフォアボール連発。満塁まで行って、バレバレのスクイズで初回から1点をもぎ取った。
「やった~~~!」
『『『『『わああああ!!』』』』』
なので、私も飛び跳ねて歓喜。中学校でも声が弾けている。確か、声出しは禁止しているのでは……
それからもジュマルがノーヒットノーランで回が進み、たまにジュマルがホームまで帰って来ていたら、早くも最終回。最後までジュマルは勝負してもらえずに、ピッチングでは完全に抑えきった!
「勝った……お兄ちゃん、勝ったよ……」
『やったね……優勝よ……』
『ジュマル~。よくやった~~~』
ジュマルの元へ走り寄るチームメートを見ながら私が優勝を噛み締めるように呟くと、両親も涙ながらに喜ぶ。その後ろからも、騒ぐ声ではなくすすり泣くような声が聞こえていた。
「お兄ちゃ~ん! おめでと~~~う!!」
本当はチームに向けて祝福したかったが、私の口からは自然とジュマルに向けた言葉が出てしまうのであった……
野球部は、トロフィーを受け取って凱旋。学校ではOM1ウイルスのせいで静かに迎え入れられたが、父親が組んだシステムのおかけで、大型モニターからは全校生徒の祝福の言葉が送られた。
これでスカウトの数は、半端ない数。さすがは国民的スポーツ。バスケとは桁が違うスカウトが押し寄せた。
感染症対策で、学校に来たスカウトには広瀬家に資料を送るようにしてもらい、ほとんどは無視。抽選に漏れたことにしている。その中で、私は一通の資料を掲げた。
「来た! ママ、ここにお兄ちゃんを行かそう!!」
「どれどれ~?」
私は小躍りして母親に資料を見せたら、難しい顔になった。
「ここって……うちからけっこう近いわね。野球の強豪校なの??」
「ううん。スポーツに力を入れてるだけの公立高校」
「え? ララちゃん。ジュマ君を甲子園で活躍させてプロ野球に入れたかったんじゃなかったの??」
「最初はね。今度、この高校について来て~」
「いいけど……」
というわけで、母親の休みの日にさっそくお出掛け。ジュマルは感染症対策ってことで家で寝てる。
アポイントはすでに取ってあるのでスムーズに校長先生と、たぶん野球部の監督との面会となった。
「本当に、うちでいいんですか? もっと強豪校に行ったほうが……」
私がジュマルをこの高校へ預けたいと言ったら、校長先生は恐縮しっぱなし。ジュマルへのオファーは監督がダメ元で出したから、来るとはこれっぽっちも思ってなかったんだって。
「もちろん条件を飲んでくれることが条件です」
「じょ、条件ですか……その前に、妹さんってことは中学生ですよね?」
「あはは。ララちゃんスポーツエージェントになりたいみたいで、練習中なんですよ」
「はあ……」
私が毅然とした態度で交渉しているので、校長先生も不思議に思ってる。母親の助け船にも納得してなさそうだ。ジュマルもいないし……
「まずですね。こちらの資料に目を通してください」
私が出した物は、野球のスコアだけでなく、バスケとサッカーのスコアだ。
「凄い……」
「ですよね? サッカーはまだ途中ですが、最終リーグに入るのも目前です。いえ、確実に高円宮杯も優勝するでしょう」
「はあ……それで条件とは?」
「兄をこの3競技全てに出場できるようにしてください」
「「え……」」
高校でも同じことをしようとしているので、校長先生も監督も固まった。
「悪い話ではありませんよね?」
「はあ……でも、高校は中学とはレベルが違うので、1競技に絞ったほうがいいかと」
「大丈夫です。兄はまだまだ伸び代がありますので。野球では、本気のピッチングなんて一度もしてないんですよ」
「「アレで!?」」
プロ並みの速球がまだ本気ではなかったと知った校長先生たちは同時に驚いた。
「バスケやサッカーだって、もっと強いチームならこれほどの失点にはなりません。その点、こちらの高校はどちらも全国にやや届かない実力ですので、兄も楽ができると思います。もちろん優勝も確実です」
「「いけるかも……」」
2人とも輝かしい未来が見えたところで、条件をプラス。
「条件はそれだけではありません。兄は勉強ができないので、受験や試験はそちらで点数を操作してもらいます。さらに、バッテリーの木原
「北高……それはマズイ! 野球部が1回戦負けもありえる!?」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。お時間をいただきたい。後日、伺わせていただけないでしょうか? もちろん、前向きな返答をさせていただきます」
監督の焦りが移った校長先生の答えに、私は勝ち誇った顔でタクシーに乗り込んだのであった……
「ララちゃんもやるわね~。美味しい情報を出しておいて、最後は脅しなんて」
「脅してなんてないよ? 違う高校に行かせるって言っただけだし」
「運転手さん。さっきこんなことがあったんですけど、どう思います?」
「なんで運転手さんに聞くの!?」
でも、母親がいらないことを言うので、勝利の気分は台無しになるのであったとさ。
ちなみにこの運転手さんは、偶然にも以前私に「悪知恵ばかりしていてはいい大人になれない」と言った運転手さんだったらしく、「順調に悪の道を進んでるね」って笑われました……
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