035 ドサンピンである


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬空詩ララ。キラキラネームでした!


 ジュマルより先に妹の私が漢字を習うことになったので自分の名前を教えてもらったけど、読めないよ。母親に聞いても「ノリで読むモノ」とか言っていたけどやっぱり読めない。

 ちなみにジュマルは「珠丸」。お寺か? うちの家業は、仏壇屋だったのか? ゲーム会社の社長だろ?? 読めないこともないけど、数珠じゅずが頭に浮かんだよ!!


 めっちゃツッコミたかったけど、幼稚園児がそんなツッコミをしてはまた怪しまれる。私はグッと我慢して過ごしていたら、1学期が終わった。


「ララ。これで合ってるやろ?」


 そしたらジュマルが関西弁になってた……え? なんで??


「なにその喋り方……」

「喋り方? なんか変なとこあるか??」


 確かにうちがあるのは兵庫県だから関西弁のイントネーションの人は多くいるけど、ここまでコッテコテの関西弁はめったにいない。


「へん! パパもママも私もそんな喋り方してないでしょ!!」

「そういえばそうやな……まぁええやん」

「ええくない! ママ~~~!!」


 緊急事態だったので母親に助けを求めたけど、ジュマルの関西弁が抜けない。


「あいつのせいだ……」

「ララちゃん。あいつって?」

「佐藤君とケンカした時に、原因になった男の子。こんな喋り方してたの」

「あ~。関西弁がうつったのね。関西弁ってのは強いから、なかなか抜けへんねんな~。私も一時期、めっちゃ喋っててん」

「ママもうつってるやん!?」

「ララちゃんもやで!?」


 広瀬家、ジュマルが病原体を持ち込んだがために、しばらく関西弁が蔓延したのであったとさ。



 関西弁ウィルスは、ちょうど夏休みに入ったから徐々に抜けて、夏が終わった頃には直ったのだけど、2学期が始まったらジュマルは戻った。あのドサンピンめ~!

 とか恨んでいたら、またジュマルがやらかしたがために母親が呼び出されたので、私も小学校に拉致られた。


「デ、デコピンで、脳振盪……」


 そう。母親が言う通り、ジュマルが佐藤虎太郎こたろう君にまた因縁をつけられてデコピンで倒してしまったのだ。


「どうやら飯尾さんが教えたらしくて……」


 池田先生いわく、ジュマルはいつも虎太郎君から逃げ回っていたらしいが、飯尾がくというクラスメートが「これなら暴力じゃないからよろしいでっしゃろ」と、どっちが先に痛みに耐えられなくなるかの勝負をやらせたらしい。

 ジャンケンでは虎太郎君が勝って、ジュマルに一発デコピンを入れたまではよかったのだが、ジュマルのデコピンには手加減がなかったので、凄い音が鳴ったと周りで見ていた子供たち談。

 そんなデコピンを喰らった虎太郎君は、膝から崩れ落ちたってさ。虎太郎君もいい加減しつこいな。


 今回の件を聞き終えたら池田先生と保護者の相手は母親に任せて、私はジュマルがいると聞いた隣の教室に乗り込んだ。


「あ……アニキの妹さんでっか? また綺麗になりましたな~」


 私が怒りの表情で教室に入ったのに、岳君は揉み手でヨイショしてる。このドサンピンは、本当に小1なのか?

 気になることはあるけど、私はこいつに用があったからちょうどいい。ズカズカと目の前まで近付いた。


「おにちゃに変なこと教えないでください!」

「変なことって……ただのデコピンでっしゃろ?」

「そのデコピンでどうなったか見たでしょ!」

「まさかあないなことになるとは思わんかったけど、これには深~いわけがありますねん」


 岳君はベラベラ喋り出したので、言い分くらいは聞いてやる。

 深い理由とは、ジュマルが毎日のように虎太郎君たちと鬼ごっこしていたから。最初は虎太郎君グループだけだったのが、クラスの男子、六年生の男子、五年生の男子にまで広がってしまったらしい。

 だから、いつかジュマルが捕まってしまうのではないかと思ったみたいだ。


 捕まるだけならいいのだが、「ジュマルは1年なのに生意気」と上級生に言われているところを聞いたことがあるから、下手したら全員でボコボコにされる。

 もっと酷い場合はジュマルが逃げ切り、1年生が人質に取られること。そうなっては、この因縁を作った自分が一番にボコボコにされると焦ったそうだ。


 だから因縁を断ち切るために、直接対決をやらせたらしい……


「それ、あんたが怖かっただけじゃないの?」

「ちゃいますちゃいます! あんな大勢が追い回してたら、誰でも怖いに決まってます!!」

「どこもちゃうくない!!」


 理由を聞いても、やっぱりこのドサンピンが悪い。確かにそんなに多くの敵を作っていたとは驚きだけど、ジュマルは逃げ回っているのだからそこに改良を加えたこいつは許せない。


「おにちゃ!」

「はいっ!」


 とりあえずジュマルを呼んだら、シュタッと現れた。やっぱり天井に張り付いて見てたんだね。


「いい? おにちゃを使っていいのは、世界中で私だけ。あんたみたいなドサンピンにはもったいないの。もう助けさせないわ」

「そんな殺生な~~~」

「おにちゃもドサンピンにいいように使われないで。わかった?」

「でも……」

「でもってなに?」

「仲間だから……」

「アニキーーー!!」


 私はジュマルと話をしているのに、ドサンピンはうるさいな。


「仲間にはいい仲間と悪い仲間がいるの。このドサンピンは悪い仲間。おにちゃのことを使っていい思いをしようとするに決まってる。最後には必ず裏切られるよ?」

「妹さん……それはひどないでっか? わてはアニキのこと、絶対に裏切りませんがな!」

「じゃあ、おにちゃのために熊さんと戦える?」

「ムリでんがな!!」

「は~い。もう裏切りました~」

「熊は大人でもムリでっしゃろ~。猫にしてくださいな~」

「おにちゃ、熊さん倒したことある」

「ホンマでっか!?」


 岳君がうるさいので論破して黙らせようと頑張っていたら、ずっと考え込んでいたジュマルも答えが出た。


「悪くても仲間は仲間。俺は守りたい」


 その答えはいい人すぎるので、私もちょっと感動だ。


「裏切られたら悲しいよ?」

「その時はその時。裏切り者は俺が殺す」


 でも、台無しだ。


「だって? おにちゃのこと、よろちくおねがいちます」

「いやいやいやいや……わて、いつか殺されてしまいますがな~~~!」

「がんばっ」


 でもでも、これはこれで使える。私が満面の笑みでジュマルを押し付けたら、岳君はもう裏切った場合のことを想像して震えるのであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る