029 場外乱闘である
お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。またやっちゃった。
平良
「ララちゃん総理大臣になりたいの?」
「ぜんぜん……」
「じゃあ、宇宙飛行士??」
「まったく……」
「社長なら、パパの跡を継げるかも?」
「ママ、なんてきいたの??」
どうも幼稚園の先生は、私が五十音を完璧に素早く書いたところで呆気に取られていたので、一花ちゃんを励ましていた前半の部分は頭に入っていなかったらしい。
なので私がなりたい職業を羅列していたことと、五十音を書いたことだけを報告したみたいだ。
「それ、ちがう。イチカちゃんがまけてガッカリしてたから、わたしよりすごいヒトをめざしたらっていったの」
「てことは~……励ましただけってことか。フ~ン……」
母親はまた私を怪しんで見ている。
「それより、ララちゃんも弁護士にならな~い? ママと一緒に働けるよ~?」
いや、私の羅列した職業に弁護士が入っていなかったから、ちょっとヘソを曲げてたっぽい。
「べんごし、よくわからない」
「カッコイイ仕事だよ~? 弱い人を助けて強い人をコテンパンにする仕事なの~」
「おかねもうけするシゴトだとおもってた」
「なんで!? あっ! 私が企業法務でいっぱい稼いでたの聞いてたわね!?」
「あい」
「アレは違うの~。ママのママに恩返ししたくて、給料が高いところに飛び付いただけなの~」
「ママ、りっぱ。だけど、ちょっとざんねん」
「ララちゃ~~~ん」
これより母親は、私からカッコイイと思われたいのか、刑事事件専門になろうかと悩むのであった……お金は大事だもんね。
母親が揺れるなか、バトルの翌日には来訪者がやって来た。
「はじめまして。平良一花の母です」
だよね~。来るよね~。
「あ、はい。立ち話もなんですので奥へどうぞ」
当然母親も、カメラアングルがいい場所に平良さんを案内していたので、私は冷たい目で見てしまった。なので母親は「シーッ」とかやってる。罪の意識はあるんだね。
しかし、平良さんは我が家のリビングを口をあんぐり開けて見ていたので、私たちのことに気付けていない。そこにお茶を持った母親が戻って来て、私の前にもお茶が置かれた……どうして私も参加なの!
「今日はどういったご用件でしょうか?」
「え? あ、はい……いえ!」
母親が微笑んで質問すると、呆けていた平良さんもこちらに戻って来て鋭い目になった。
「昨日のことは聞きました?」
「はい。でも、子供どうしのことですので、親が関わるようなことでもないと私は思っています」
「子供どうしのことですって? おたくの娘さんのせいで、うちの一花は習い事を辞めたいと言い出したのですよ! どうしてくれるのですか!!」
平良さんの剣幕に、母親と私は顔を見合わせて驚いている。
「しょ、少々お時間をください。ララちゃん、あっちに……」
「あい……」
そしてリビングを出たところで……
「習い事……忘れてた~~~!!」
母親が大絶叫。だって暇な時間は、2人でセンベイをボリボリして韓流ドラマ見てたもん。てか、私も老後の怠惰な生活に慣れていたから、すっかり忘れてたよ! あの怠惰な猫と一緒だ~~~!!
「ラ、ララちゃん、何かやりたいことあった?」
「とくには……あっ! ピ、ピアノ??」
「それよ! 他にも何があるかあとで調べよう!!」
私がやりたくなさそうな顔をしたら、母親の顔も暗くなったので適当に言ってあげた。なので母親もやる気満々。自分が習い事できなかったから、子供にはイロイロ習わせたいとか思っていたらしいけど、お手柔らかに……
そんな話も終わったら、すぐにリビングに戻って平良さんとの話を再開する。
「子供に習い事もさせないなんて、親失格ですわね」
けど、平良さんは母親の大声が聞こえていたので、チクリと嫌味を言われてしまった。
「ごもっともです……何かいい習い事あったら教えてください! ララちゃん、ピアノをやりたいみたいなんです。人気のピアノ教室とか知りませんか?」
「で、でしたら、一花が通ってるピアノ教室が評判いいです、よ……じゃなくて! 一花が習い事辞めたいと言い出したんですよ!!」
平良さん、間違いなく一花ちゃんのお母さん。ノリツッコミがそっくりだ。
「ちなみにですけど、一花ちゃんは何個ぐらい習い事をさせているのですか?」
「一花には興味を持ったことは全てやらせていましたから、いまは7個ですよ」
「そんなに……」
母親は私のことをチラッと見てから話を続ける。
「平良さんが娘さんのことを大事にしていることは、凄く伝わりました。ですが、本人が辞めたいと言うなら尊重するべきだと思います」
「ですから!」
「もう少しだけ私の話を聞いてください」
「……ええ」
「おそらくなんですけど、ララちゃんに負かされて、一花ちゃんはやりたいことがわかったのではないかと私は思います。今までいっぱいやりたいことが多かった子が、ひとつに絞れたなんて凄いことじゃないですか? まだ5歳ですよ? 私なんて、その歳ではお金のことしか考えていなかったですもん。だから平良さんも、できれば一花ちゃんの決断を応援してほしいです。お願いします」
母親が一花ちゃんを思って頭を下げると、平良さんの目が潤んだ。でもお母さん、5歳からお金のこと考えてたんだ……
「そう、かもしれません……いえ、私は押し付けていただけかも……」
「そんなことないですよ。そんなにたくさん習い事させるなんて、親だって大変ですもん。一花ちゃんのためだったんですよね?」
「はい……はい……ううぅぅ」
それから平良さんは涙を流し、ポツリポツリと苦労話をするのであった……
「ありがとうございました。娘ともう一度、何をしたいか話し合ってみますね」
情報漏洩の件は、平良さんの妹が幼稚園で働いていて無理矢理聞き出したところまで白状したら、平良さんは来た時とは違い、スッキリした顔で帰って行った。私たちはと言うと……
「平良さん、大変だったみたいね。家計を圧迫するまで習い事させてたなんて……ところでララちゃんは何個ぐらいやりたい?」
「い、いっこでいい……」
「えぇ~。パパは稼いでるから、何個でもママ頑張っちゃうよ?」
「なりきん……」
「なっ……どこでそんな言葉覚えて来るのよ~」
「ママ友……」
「同級生でもない!?」
平良さんが習い事のせいで首も回らなくなっていた苦労話を聞いたのに、母親が金に物を言わせて習い事をさせようとするので、私は牽制するのであったとさ。
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