《大縄淫魔》⑤(終)
心底面倒そうな顔をしつつ、和友は小銭入れを取り出して一枚抜いた。
キラリと光る50円玉を、指に挟んでイン子へと見せる。
そしてその50円玉を、賽銭でも投げる感じで大縄の内側へと放り入れた。
「イン子! ちゃんと跳んで拾えたらその小銭をやる。やってみろ」
「
「「きゃあっ!」」
不動から一転、イン子は一目散に大縄へとダッシュしようとした。
タイミングを一切図っていなかったので、愛羽と千心は思わず腕を引いて止めようとする。
が、ズリズリと二人を引き摺りながら、イン子は徐々に縄へと近づいていく。
「超大型犬の散歩か……?」
大縄の回転域は広く、手を伸ばしたところで小銭には届かない。
拾うには必ず一回は跳んで内側へ入り込む必要がある。
風圧で前髪が揺れるぐらいまで、イン子達三人は縄へと接近した。
「おねーさん、せーので入るからね!? いい!? せーのだよ!?」
「何でもいいけど金はあたしのモンだかんな!?」
「あ、あさましい……」
「効果覿面過ぎて逆に怖くなってくるな……」
50円パワーでどうやらイン子は歩調を合わせる気になったようだ。
両脇を愛羽と千心にガッチリとホールドされながら、その時を待つ。
「「せーのっ!」」
「おい急に飛び込むなガキ共ッ」
掛け声と共に愛羽と千心が踏み込むが、イン子が一手遅れた。
「そのタイミングすら合わせられないのか……」
せーのと同時に跳ぶのか、一拍置いて跳ぶのかでズレが生じたのだろう。
しかしそれでも、どうにかイン子は縄の回転内へ普通に入り込むことに成功する。
「とんでとんで! おねーさんとんで!」
「おおおおおお!?」
ドズン!!
と、軽やかさとは対極にある、重々しい音が周囲に響く。
死ぬほど不格好ながら、イン子は見事に一回転目を跳ぶことに成功した。
「着地音が重量級キャラのそれなんだよなぁ」
(体重何キロなんだろこのヒト……)
「すごいすごい! ちゃんととべてるよ、おねーさん!」
「小銭ッッッ」
意外と褒めて伸ばすタイプの愛羽をよそに、イン子の視線は硬貨へと注がれていた。
だが大縄を跳んでいると拾う暇がない。
そんな器用な真似はこの
ドズン、ドズンとイン子はきちんと大縄を跳び続けるが――
「おうカズてめェコルァァァ!! その縄止めろボケ!! 拾えねえだろがあ!?」
「何しに来たんだ?」
本末転倒にも程がある要求であった。
イン子が苦戦しているのを受けて、愛羽はサッと身を屈めて50円玉を拾い上げる。
「よーしよくやったメウ!! 褒めたげるわ!」
「あれ~? こんなところに50円が落ちてたぁ~❤」
「あ?」
「ほしかったらあと10回がんばってとんでね❤ ムリだったらこれ愛羽のものにするから~」
「てッ、てンめェ……!!」
ニヤニヤしながら愛羽はイン子を煽る。
お互い跳んでいるのに忙しいものだ……と、和友は縄を回しながら思った。
さて、トントンとリズムを刻んで跳ぶ愛羽と千心に比べると、イン子のそれは鈍重である。
一度跳ぶごとに足を過剰なまでに上げ、着地も屈伸運動が入り込んでしまう。
大縄のテンポ的にそれでも引っ掛かりはしないが、スタミナの消費は段違いだ。
イン子の中に『これくらいで跳べる』という基準値が存在しないのである。
従って毎回全力跳躍をしてしまう――運動神経の無さがこういう部分にも現れていた。
「はッ、はひッ……! 足が……足が疲……折れたぁ!!!」
「詐病やめろ」
「あと3回ですよ」
「ファイトっ、おねーさん!」
いよいよイン子の顔面が青白くなりつつある。限界は近い。
因みに背中の翼を使うという選択肢はイン子にはない。
そこまで頭が回らないからだ。
とはいえ50円への飽くなき欲望は肉体の限界を超えさせるのか。
ヒイヒイ言いながらも、見事にイン子は規定回数を跳んでみせた。
「すっご~い! おねーさん、がんばったね❤」
「つ、つかれたよぉ……」
「あばばばばばばばばばば……」
ガクガクとイン子の両足が震え、地面を叩いている。
その勢いは凄まじく、砂煙が立ち昇るほどだ。
「タンパかお前は」※工事現場で路面をドコドコやってるアレ
「こ、小銭ぃ……」
「はい、どーぞ❤ これでおいしいものでも食べてね?」
「セリフと金額があわないよ愛羽ちゃん……」
ようやく50円をゲットし、イン子はヘナヘナとその場で崩折れる。
あんな跳び方をすれば誰だって足にガタが来るだろう。
その様を見ながら、愛羽は満足げにニコニコとしている。
「どう、おねーさん? 大なわっておもしろいでしょ?」
「あたしではない幻覚を見てんのかあんたは……?」
面白いかどうかで言うと、最初からイン子はこんなものにさしたる興味がない。
が、ある意味では乗りかかった船である。
どっこらせ……と、年齢を匂わせる掛け声と共に立ち上がって、己の砂埃を払う。
「掛かってこいやクソガキ共! 跳び死ぬまで続けんぞオラァ!!」
どうやら足腰が爆散するまで練習に付き合ってやることにしたようだ。
(相変わらず変なところで素直じゃないなコイツ……)
再会出来て喜んでいるのは、決して愛羽だけではない。分かりやすい女だ。
ここまで小学生と同じ目線で物事を進められるのは、異形ならではの才なのか。
(そんなわけないな。イン子だからこそだ)
自分は終始縄を回し続けることになりそうだが、和友は少しだけ柔らかく微笑む。
今日ぐらいは最後までそこに付き合っても良いだろう。
(笑うおにいさんめっちゃイケメン……)
ついでに千心の性癖が一回り年上の男に歪んで固定されつつあった――
* * *
「おねーさん!」
後日――公園でイン子は愛羽と落ち合った。
「うーっすメウ。あの鞭大会終わったんでしょ?
「んふふ~……きいてね! 結果は二位でした!」
晴れやかな顔でそう告げられる。なので最初イン子は優勝したのかと勘違いした。
「お~~……って二位かい!! せっかく鍛えてやったんだから勝ちなさいよ!!」
「きたえてくれたのはおにーさんなんですけど」
「アレはあたしの奴隷だからつまりあたしの手柄よ!! いや手柄になってねェわ!!」
「まあ、ホントは優勝したかったんだけどね。でもいっしょーけんめーやったからいいの!」
「ふーん。ま、メウが満足ならそれでいんじゃね? おつかれ」
「ありがと❤ で、これ、ママがおねーさんにって」
愛羽は手提げ袋を持っている。それをイン子に渡した。
「何これ?」
「ケーキだって!」
「マジか!? やるじゃん!!」
曰く、娘の練習に付き合ってくれたお礼とのことである。
結果としては優勝賞品のお菓子よりも良いものを手に入れたことになるだろう。
「愛羽のもあるから、あっちのベンチでいっしょにたべよ❤」
「食う食う~★」
二人でベンチに並び、ケーキの入っている小箱を開く。
そこには――ショートケーキが三つ。
「……? 一個多くね? あ、カズの分? じゃああたしのね」
「ん~? おにーさんのじゃないよ。ねえ、おねーさん。これなにかわかる?」
手提げ袋に入っていた、もう一つのモノ。
十字の「剣」と、そこから伸びる糸のくっついた「玉」が合わさった遊具。
「モーニングスターじゃん!! あたしと殺り合うってのかぁ!?」
通称、けん玉――……!!
「これで勝負して、勝ったほうがケーキもうひとつゲットね!」
「殺り合うってのかぁ!?」
この勝負の行方が果たしてどうなるのか?
それを語るのは、また別の機会になるだろうが――
「カズゥゥゥゥウウゥウ!!」
「何だよ……」
「ケーキ奪られたぁぁああぁぁぁ!!」
「知るか!!」
――こういう展開になったことは、言うまでもない。
《おしまい》
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