非日常


「今日は夜まで特にすることはありませんから、何をしても構いません」


 とりあえず全員が部屋を決め、整理まで終わったようで、十亀先輩を中心に談話室で予定の話がされている。


「今日の夜は海辺でバーベキューです。その準備を手伝っていただきたいので、午後五時くらいには海辺に熱っ待ってもらいたいので、それまでは寝ていても海で遊んでいても、談話室で話していても構いません。なにかありましたら、いつでも電話してくださいね」


 じゃあ皆さん楽しんで下さい。そういった十亀会長が部屋を出ていく。それを見てか、山口先輩や沢本さん、ついで斗真や凜花ちゃんが出ていく。

 山口先輩と沢本さんは買い出し要員だ。斗真と凜花ちゃんは海で遊ぶんだろう。大量に着替えなどを持ってきていたので、相当楽しみだったようだ。


「私達何する?」

「たまには私達だけで話すのも良いかも」

「じゃあひまりさんの部屋でお話ししましょう!」


 三人で楽しそうに話していたひまりと咲ちゃん、ゆずちゃんも扉から談話室を出ていった。


「星野先輩。先輩はどうされるんです?」

「私?うーん、私は……」


 そう言いながら背中にからっていたリュックを下ろし、その中から数冊本を取り出した。


「読書でもしようかなって。ここなら海も見えるし、静かで落ち着いて見られるから」


 自分の家よりもずっと良いソファーもあるしねえ、とのんびり言って、ぼすんと倒れるように体を預ける。


「先輩、本を借りても?」

「良いよ。和人くん好みの近代小説も持ってきてるから」

「……先輩、こんなところに近代小説持ってくるほど近代小説好きでしたっけ?」

「そういうのは気にしない。女の子にはいろいろあるの」


 既に先輩はソファーの上で本を開き始めている。これ以上言葉を掛けるのは無粋というものだろう。

 机にいくつか置かれた俺好みピッタリの小説の中から一冊取ってソファーに座る。


 文庫本サイズではない、立派な装丁のそれは、ずっしりと重みを感じる。懐かしいものだ。まだ一年も経ってはいないが、俺は、この本に大きな思い入れがある。こんなところにこの大きさの嵩張るこの本を持ってきているのだから、星野先輩にとってもそうかも知れない。


 一ページめくる。カサ、と、紙のこすれる音がする。ペラ、という文庫本のような紙とは少し違う。ほんの少し厚い紙の感触。


 そうして文字を上から読んでいき、徐々にその話に引き込まれていくのだった。

 


 ●●●



「ふう……」


 読み終わった読了感とは、なかなか良い感覚だ。読書をしない人はぜひ読んでほしい。ひまりとか身近だし、おすすめすれば読んで……くれないよなあ。


 窓の外を見てみると、燦々と降り注いでいた太陽は少し窓側に傾き、少しずつ夕方になっている。波に光が反射して眩しいが、それがかえって夏らしくて良い。

 ちら、と隣のソファーに座っている星野先輩を見る。

 星野先輩はその眩しい海の方を向いて眠っていた。本は読み終わっているようで、糸栞が外されている。読み終わって、ゆっくり海を眺めているうちに寝てしまったのだろう。

 正面の窓に太陽が来るならば今すぐにでも部屋に運んだのだが、別に夕日も入ってくるわけではないし、寝ていたら気にならないくらいだろう。


「俺も寝るかあ」


 そっと目を閉じると、少し光が眩しいが、それ以上に気持ちが良かった。窓越しに夏の暑さが届き、部屋の温度は過ごしやすくなっている。少し深く息を吸って、吐けば、もう少しずつ意識を手放していた……


「ねえ、起きて」

「う、ううん」


 目を開けると、とてつもないほど海に反射した夕日が目に入り、目が完全に覚める。


「星野先輩、先に起きてたんですね」

「うん。もう夕方だし、そろそろ出たほうが良いかな」

「そうですね。準備がある、って言ってましたか」


 エアコンを切り、談話室を出る。時間も丁度いいくらいだろうか。この陽ももう少ししたら赤く染まるのだろう。その頃はバーベキューが始まる頃だろうか?

 星野先輩を追いながら、海辺の方へ出ていく。そこには既に十亀会長と山口先輩、斗真と凜花ちゃんがおり、既に準備を始めていた。


「ああ、来たか。いくつか椅子やらテーブルやら出してこないといけないから手伝ってくれ」

「わかりました」

 

 山口先輩がキャンプで使うような軽くて持ち運びのしやすいそれを指さしていった。人も多いので数は多いが、男の腕力ならこれくらい早く終わるだろう。

 俺は斗真と一緒に山口先輩のもとに行き、その道具を運んだ。丁寧に作られており、簡単に、軽く設置できるのに、座り心地は良い。といったような何とも万能なものである。


「並べ終わりました!」


 やはり想像通り、男手三人でならすぐに準備は終わってしまった。炭に火を付ける担当の十亀会長の方からも、炭の焼けるいい匂いが漂ってきている。

 その匂いにつられたのか今気がついたのか、別荘の方からひまりたち三人も降りてきて、冷蔵庫に食材を取りに行っていた沢本さんと、それを手伝いに行っていた星野先輩も戻ってきていた。


「よし!じゃあ全員で……そろそろはじめましょう!」


 大きな声で十亀会長が音頭をとる。


「バーベキューの始まりですよ!」


 その言葉でどっと盛り上がり始める全員。初日はこのバーベキューを待ち望みにしていたくらいで、肉から野菜まで物凄く良いものが揃っているだけのみならず、皆で一緒に盛り上がる機会なんてあまりないものだから、テンション高めで過ごせる貴重な機会を待ち望んでいたのかもしれない。


「ほら。肉だ。野菜もいるようだったら言ってくれ」


 山口先輩が肉をよそって、手渡してくれる。お父さんかな?

 十亀会長と沢本さんは「なんだかお父さんみたい!」と大笑いしている。お父さん、か。確かに、山口先輩はこの生徒会の中じゃお父さんって感じがするんだよなあ。

 会長は長女、星野先輩は次女、沢本さんは三女といったとこだろうか。俺はもちろん一番下だろうと思う。……うん。そんな気がしてきた。


「お兄ちゃん!すごくお肉美味しいよ!」

「そりゃあな。多分その一切れでこの前俺たちがしたしゃぶしゃぶの肉一パック分くらいあると思うぞ」

「ひえ……!」

「それにしても、本当にこんなに良いものをたくさん食べて良いんでしょうか」


 咲ちゃんが少しもうシワ訳なさそうな顔をしている。……が、ここは十亀会長のパーティー。そういったことを気にするほうが無粋というものだろう。


「あの網の上を見てみろ」

「お肉がたくさんですね。あ、会長さんが食べてます」

「あれは、一切れで下手したら万単位でかかる最高級の肉だ」

「ええ……」


 つまりそういうこと。この場にいる以上、折角招待してもらったんだし、腹いっぱいいい肉を食べるか。そんな意識で良いのだろう。というか、十亀先輩は絶対そう思っている。そういう人だ。


「おーい!和人!こっち来いよ!海もそろそろ綺麗に色が変わる時間だぞ!三人で見ようぜ!」


 斗真の声が聞こえる。


「良いのかよ。彼女と喋らなくて」

「良いだろうが。たまには親友三人組で居たいこともあるだろ。それに三人で見ようって言い始めたのは俺じゃなくて凜花だしな」


 凜花ちゃんはふんすといった表情でピースを向けてくる。


「ま、最近は三人だけで話す機会も少なかったし、たまには良いか」

「あ、話すなら最初は後輩ちゃんたちからしよ!」

「そうだな。和人ぉー……お前、最近後輩ちゃんたちと仲良くなりすぎじゃないか?」

「あー……否定はできない」

「なんだよそれ!」


 あはは、と三人の笑い声が響く。最近はこんなことも少なかったわけだし、こういうのがあるのも、こういう非日常のいいとこかもしれない。




────────


 実は今作、ここまで長くなるつもりはなかったので、最初の方を見るとかなりガバが目立つ作品となっております。

 というわけで、じつは一話から順に大幅改稿加筆修正を行ったものを執筆しております。

 ただ、現在はこちらを連載している以上、またイチから投稿し直しとなるので、今見ていただいているこの話に来るまでかなり時間がかかってしまう可能性があります。


 もちろん、話の大筋は全く変わりませんが、新しい話を加えたり、内容などを今の設定が固まった状態に更新していきたいと思っております。


 そこで、いつも見ていただいている皆さんにご意見をいただきたいです。

 この作品はこのまま連載していくか、修正、加筆を加えた新しいバージョンでイチから連載していくか。

 ぜひお考えをお聞かせください。

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