妹の友達→後輩


 金章学園では、入試の次週の土曜、日曜に合否の発表がある。その二日間に校内に合格者の番号が張り出されているのを見るか、事務室で直接合否を聞く、また県外などの受験者に限って郵送が認められる。が、俺たちは別に県外でも無いので、直接行かねばならない。


 そんなに栄えたところにない金章学園は、人によってはどこにあるかわからないという人もいる。結構道が入り組んでいて、分かり難いのだ。近くまで行ってしまえば、かなり大きな学校であるためすぐに分かるのだが、人が多いこともあってか、迷う人が続出する。すると入試に来た人の人数から、近隣住民から怒られる。

 ということで、金章学園の合否発表には、保護者となる16歳以上の帯同が求められている。


 目の前にいる咲ちゃんは、申し訳無さそうな顔をしながらスマホをこちらに向ける。


「もしもし、どうもはじめまして、咲ちゃんの友達をやらせていただいている高町ひまりの兄の高町和人と申します」

「和人くんですか?いつも娘の勉強を見てくれたみたいで……本当にありがとうね」


 その電話を受け取り、自己紹介をすると、若々しい女性の声が響く。そう。咲ちゃんのお母さんだ。


「咲ったら、最近ひまりちゃんと和人くんの話ばっかりするのよ?お父さんが和人くんの話を初めて聞いたときなんか、あの人びっくりしてたわ!」


 楽しそうに話すお母様に「お母さん余計なこと言わなくていいから……!」とあわあわした様子の咲ちゃん。なんか新鮮な反応だ。家族に対する気安さなどが見て取れる。


「それで本題なんだけど……今まで咲の先生をしてくれてた和人くんにお願いしたいことがあるの。咲を明日合格発表に連れて行ってあげてくれない?実はこっち側の人はみんな外せない用事があって……娘を優先しろと言われればそれまでなんだけど……」

「わかりました。どうせ普段と同じ道ですから」

「ありがとう!助かるわぁ……多めにお金をもたせとくから、お礼にご飯でも一緒に食べてきて?」

「そんな……先輩らしく奢らせてくださいよ」

「ふふふ、咲が合格してること、疑ってないのね」

「そりゃあ、先生ですから」

「わかったわぁ。咲が合格してたら、先輩らしく奢っちゃって?お礼は和人くんがうちに来たときにするわあ」

「お礼はいいですよ……」

「そんなわけには行かないわ。楽しみにしててね?……じゃあ、咲に変わってもらえる?」


 その言葉とともに俺はスマホを咲に返す。そうしてそのスマホを耳に当て、電話先に向かって「えぇ!?」とか、「そんな、申し訳ないよ……」とか言っている。

 それにしても、なんだか勢いがある人だったなあ。なんか、あの人が決めたことには逆らえないと言うか、どれだけ回避しようとしても、その通りになりそうな……


「お兄ちゃん?咲ちゃんのお母さんの怖さがわかった?」


 ソファで寝っ転がっていたひまりが突然声を上げる。


「怖さって?」

「なんだか、何を考えていたとしても、何をしようとしても、見透かされているような気がするんだ……本当にやばいよ……実際あったらもっとやばい」

「もっと怖いの!?」


 実際咲ちゃんの家にお邪魔したこともあるひまりがそういうのならそうなのだろう。戦慄する。


 咲ちゃんは電話が終わったのか、ふう、と息を吐いてこちらに向き直る。


「じゃあ、お兄さん。よろしくお願いします」

「うん。まあ、いつも通ってる道だし、大した不安もないからいいよ」


 目を輝かせるひまりに、お前は留守番だぞ、というと、「そんなあ」とうなだれる。なぜ来られると思ったのか。まだ在校生じゃないんだぞ。



 翌日、制服にコートを着た咲ちゃんと、いつもの通学路を通っていく。そこそこな距離があるが、電車にするほどでも自転車を使うほどでもない。自転車なら近く、歩きだからそこそこな距離があると思う。そんな微妙な距離なのだ。


「なんか微妙な距離なんだ。あの学校」

「受験のときは車だったので、あんまりわかんなかったです」

「ま、車なら近いしなあ。都会の人は速歩きしてるらしいけど、俺らみたいなのはゆっくり歩くから、それもあるんだろうけど」

「私はお兄さんの横歩いてる時間、好きですけどねえ」

「……あんまり男にそんな事言わないほうがいいぞ」


 なんでかわからない様な不思議そうな顔をする咲ちゃんだが、わかりました。と首を縦にふる。……前、俺に女たぶらかしそうなんて言ってたが、咲ちゃんの方がだいぶじゃないか?


「合格してたらご飯を奢ってあげるからな。今回は先生としてじゃなくて、先輩として」

「……ありがたいです。それは奢ってもらわないといけませんね」


 特に緊張もしていない様子でいる咲ちゃんは、柔らかく微笑んで答える。

 いつものように断ってきたりしないのは、少しは俺に心を許してくれているのか、先輩の意地を尊重してくれているのか。はたまたどっちもかもしれない。

 どうであれ、俺がこれまでとは少し違う咲ちゃんの様子に、嬉しくなっているのは確かなようだ。


 学園について、合格発表の紙が張り出された場所は、沢山の人でごった返していた。

俺のときは空いている事務室に行き、合否の紙を発行してもらい、すぐに帰ったため、発表の紙の勝手がわからない。


「どうする?見に行くか?」

「良いですか?」


 はぐれないように手を握り、どんどん人だかりに入っていく。中に入り込むのは厳しいかな、と思っていたが、意外と紙のすぐ近くはあまり人はいなかった。

 周囲で話している人や、記念撮影している人の隣を通り、大きなその紙をなぞるように確認していく咲ちゃん。さっきまでとは違い、真剣な顔で、一つ一つ確認する。


 数も受験票に記されているものに近づき、顔がこわばってくる。俺まで緊張してきて、手汗が滲む。


「……あった」


 その言葉とともに、息をほっと吐く。咲ちゃんは写真を一枚取ってスマホをいじる。きっと親への報告だろう。

 直ぐにスマホを直し、俺に受験票を渡す。


「お兄さんも確認してください」

「ああ……確かにあるな」


 指で一桁一桁確認する。間違いない。咲ちゃんは合格したのだ。


「おめでとう」

「ありがとうございます」


 簡単で短い言葉だったが、俺たちには十分だった。俺もきっと信じられないくらい頬が緩んでいるし、彼女もまた、今までで一番の笑顔を浮かべているからだ。


「受かっちゃいましたね」

「受かったなあ」

「今度から私、後輩ですよ?」

「ああ。俺も先輩だな」

「じゃあ、呼び方も変えなきゃいけませんね。なんて呼んでほしいですか?先輩?和人先輩でもいいし、今まで通りでも……お兄さん先輩?これはおかしいですね!」


 楽しそうに笑うその姿は、彼女の心のうちの嬉しさを表現していて、さらに頬が緩む。きっと今俺は気持ち悪い顔をしていることだろう。

 早めに出ている寒梅が少しだけ降っている牡丹雪と混じって、やけに綺麗に見える。今日という日を祝福するように。


「まあまあ、何が食べたい?奢ってやるって言ったし、なんでもいいぞ」

「本当になんでもですか?」

「……すいません、万札一枚で足りるところでお願いします」

「ふふ!先輩カッコつかないですね!」


 二人で雑談しながら、校門をくぐる。


「焼肉とかどうだ?」

「……先輩、女の子連れて行くご飯で真っ先に焼肉が出てくるのやばくないですか?」

「うっせ。どうせ俺はこじらせ男なんだからしょうがないだろ。……てか、焼肉は嫌なのかよ」

「行きます!」

「行くんじゃねーか!」


 寒空の下、行きと帰りで交わす言葉は変わった。お互いに一つ壁を失くした言葉を掛け合い、笑い声が響く。


 今日、妹の友達と友達の兄というだけだった関係性は、後輩と先輩という関係も持ち始める。何が変わる、というわけではないが、それでも何かが変わったような気がした。

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