ある盾役の憂鬱
SDN
第1話 盾役
静寂な森の空気を引き裂くような咆哮が轟いた。
次いで、ずしんずしんと腹に響く足音が徐々に近づいてくる。
「来たか……」
戦士リアムはメイスを持つ右手に力を込めた。
心臓をぎゅっと掴まれるような感覚は、幾多の戦いを潜り抜けてきた今でも決して慣れることはない。
やがて姿を現したのは一体の巨人だった。
大きさはゆうに人間の三倍を超えるだろう。あの巨人が討伐対象のサイクロプスであることは、ひとつしかない目玉を見ればあきらかだった。
巨人はこちらの存在に気付くことなく、森の木々をまるで雑草をかき分けるかようになぎ倒しながら進撃を続けている。その進行方向の先にはレニゴールの街がある。巨人の目的が街の襲撃であることはもはや疑いようもなかった。
「みんな、いつも通りにやれば問題ない」
背後から男の声が聞こえてきた。
パーティのリーダー、カイルである。巨人を前に慌てた様子もなく、メンバーひとりひとりに細かく指示を出している。
カイルは最後にリアムの隣に来ると、ぽんっと肩を叩いた。
「リアム、頼んだぞ」
「……ああ」
そう応じたリアムの声は、顔を覆うヘルムのせいでくぐもっていた。
リアムは頭のてっぺんからつま先までを甲冑で覆い、右手には武骨なメイス、左手には大型の盾という完全武装である。
盾役として前線で敵を引き付ける。それがこのパーティでのリアムの役割だった。
「――いくぞ、戦闘開始だッ!」
カイルの合図と同時にリアムは勢いよく飛び出し、メイスと盾を構えて巨人の前に立ちはだかった。
いつも通りメイスで盾を叩き、巨人に向かってお前の相手は俺だと挑発する。
このメイスと盾には魔力が付与されており、互いを打ち合わせることで魔力を帯びた特殊な音を発生させ、モンスターの意識を強制的に引き付けることができる。
これまで幾度となく大型モンスターと対峙してきたが、おそらくモンスターを殴った回数よりも盾を叩いた回数の方が多いだろう。
一つ目の巨人は拳をもって、リアムの挑発に応えた。
岩石のような拳が頭上から降り注ぐ。
「――ぬんッ!」
リアムは盾を頭上に掲げて真っ向からそれを受けた。
大型モンスターの攻撃力は人間の比ではない。普通ならばそのまま潰されて終わりである。
だが、リアムはその一撃を受けきった。
徹底的に鍛え上げた頑強な肉体。不断の努力で手に入れた数々の防御スキル。高い性能を誇る魔法の防具。そして仲間からの魔法の援護。それらが一体となって、リアムという名の強固な盾を作り上げているのだ。
予定通りに潰されなかった人間を見て、巨人は不思議そうに首を傾げると、今度はつま先で蹴り飛ばそうと大きな足を繰り出してきた。
リアムはそれも真正面から受けた。
だが、いくら魔法の防具で守られていても、それを支えているのは生身の肉体である。もう一度同じ攻撃を喰らったところで、左の肩が砕けた。
激痛で意識が遠のきそうになる。
直後に全身が暖かい光に包まれ、痛みが和らいだ。
瞬く間に折れた骨が復元され、失われていた感覚が戻ってくる。
回復魔法によって肉体が再生されたのだ。
パーティには三人の
「でやぁッ!」
リアムは気合の声を上げて巨人の足にメイスを叩きつけた。
大して効いていないことはわかっている。攻撃は後衛の
「――ぐぅッ!?」
再び強烈な一発を浴びて、リアムはぐらついた。
次の回復魔法までの数秒をなんとか自力で耐えねばならない。
リアムは魔力と呼ばれる体内エネルギーを活性化させ、それを盾に送り込んだ。そうすることで強度が上がり、より多くの衝撃を吸収してくれる。ただ、消耗が激しいのでそう何度も使える技ではない。
巨人はリアムを叩き潰そうと苛立たしげに何度も何度も拳を振り下ろしてくる。
拳が当たる都度、盾を通して凄まじい衝撃が全身を貫く。
リアムは敵の攻撃を絶対に躱さない。大地に根を下ろした大樹のようにその場を動かず、すべての攻撃を受ける。
全身を甲冑で覆っているせいで素早く動き回れないこともあるが、一番の理由は
当然、殴られる度に身体は傷つき、骨は砕かれ、血反吐を吐く。
それでも決して大地に膝を突かない。
もし倒れれば、この巨人はすぐに他の仲間に襲い掛かる。
だから死んでも倒れるわけにはいかなかった。
仲間が巨人を倒してくれると信じ、ひたすら耐え続ける。
ほんの数分に過ぎない時間が、永遠にも感じられた。
そんな悪夢のような時間にようやく終わりがきたようだった。
突然、巨人が悲鳴をあげてのけぞった。
カイルの放った矢がひとつしかない巨人の目を射抜いたのだ。
「今だ! 押し切れッ!」
カイルの号令で
凄まじい波状攻撃だった。
魔力によって生み出された無数の電撃や氷塊が巨人に襲い掛かる。魔法が命中する度、巨人は苦悶の声をあげて身もだえた。
最後は特大の火球魔法が止めを刺した。
大きな地響きと共に仰向けに倒れる巨人。
それを見て、仲間達が一斉に歓声をあげた。
「はぁはぁ……よ、ようやく終わった……」
リアムは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
回復魔法のおかげで怪我はなかったが、痛みと疲労で動くことができない。戦いの後はいつもこうだった。
顔を上げると、リーダーのカイルの元にパーティメンバーが集まって喜びを分ちあっていた。
だが、その光景を見てもリアムの心にはなんの感慨も湧いてこなかった。
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