第5話 驚き

 うちの学校のシステムは一部が特殊極まりない。 例えば、俺が今持ち運ぶ貸し出し用の本みたいに。


 ああ、深く考えなくても腹が立つ。


 この学校の図書館は年間何冊でも借りていい、ただし返却するとき最低一週間は手元に残してそれ以降は返すという仕組み。

 どんな本を借りたかはきちんと担任に報告しなければならず、これらの馬鹿げたルールによって大々的に市民権を得てないラノベを借りた俺は、約一年間滞納するはめになったわけだ。


 何故このタイミングかは、本来期限は二週間だがそれを過ぎ一年経ってしまうと理不尽にも罰金が取られてしまうため、明日でその日を迎える俺はなくなく返却しにきたのである。


 はは、割と明日が憂鬱になのはどうしてだろう。悪い事を考えると余計に不幸な出来事が続くため、違う話題を頭の引き出しから引っ張る。


―――新しいクラスはまあ、一部のメンツを除いてそれなりによかったな。男子の奴らは優しい連中だったし、女子が………うん、なかなか。


 浮かびあがる記憶二つとも悪いとはどういう了見だろう………よくないよくない、親切な人間ばかりとはお世辞にも言い難いが、常にマイナスを考えることを心がけるようにしよう。


 疲れた思いで廊下を歩く。別棟と本棟は一部繋がっており二年生の教室からはたいして離れていない。中谷には先に帰ってもらい一人で図書館に突き進むと、あっという間に入り口付近にたどり着いた。


 今日は各学年共に分散登校のため二年生のみ学校に居り別棟は活気が薄く物静かだ。もしそれが関係ないのなら、アホみたいなきまりのせいで図書館自体に人気がないのかもしれない。


「失礼しまーす」


 挨拶をしながら入り口の扉を開き、ひっそりと閉める。見渡すかぎり人の気配はなく、カウンターには係の人がいない。 俺が足音を立てないよう付近の返却口に向かうと、何やら貼り紙が張り出しているのが分かった。


『今日の当番はお休みです。返す人は貸し出し者一覧表にチェックをいれ、スタンプを押し隣の返却ボックスに入れておいて下さい。また、借りた本は側に積まれた白紙に本の名前を記入した後、担任の先生に用紙を渡すようお願いします。』


―――めんどくせえ!!!!


 ワクワクしながらラノベを借りたあの頃の自分に叱責したい。こんな面倒なことになるなら素直に駅徒歩五分の市民図書館に行けばよかった。ちょうど一年前は貸し出し本も増量してたのに、でなければ担任に本を知られるなんて冗談にしては行き過ぎてるし冗談じゃないなら最悪だ。


 気分が急降下するがそれでも罰金には変えられない。ひとまず本五冊はボックスに放り込んで逃げようと考え込んだ時、五感が二つの音を拾った。一つは此方に近づいてくる足音。


 もう一つは、…………聞き覚えのある声。慌ててカウンター越しの壁際にしゃがみ込みじっと体をうずくめる。


 そのうち音が寄ってくる毎に声が次第に鮮明になっていき正体の予想がついた。


「ふんふんふん」

「!」


 意外なことに相手は篠崎さん。一年の頃から孤独を迫られた、居場所の少ない人間であれば誰もいないプライベートだとうわべの仮面を取り捨てその下に眠る滅多にない人間像を体で表してくれるのだろうか?


 仮にこの姿が教室で冷たい仕草を催したあの篠崎さんそのものなら、誰もが眼をガン開きにしてこの状況を疑っているだろう。現に俺もその一人だ。彼女は、どこかで聞いたことのあるアニソンを口ずさみながらカウンターに六冊ほどの本を持ち込んでいる。


 なるべくバレないように覗き込むと、青色のラノベが上から積み上げられている。じっと目を凝らすとタイトルだけが確認できた。


 上から順に、


『翼と代理人』

『翼と代理人セカンドコード』

『翼と代理人サードコード』

『翼と代理人フォースコード』

『翼と代理人ファイナルコード2/1ハーフ』


「このシリーズって!」

「ひ⁉︎」


―――やべえ、声出ちゃった。


「だ、だれ!?」


 声を上げて犯人を突き止めようとする篠崎さん、どうやら彼女は俺の存在に勘づいてはないよう。

付近の捜索はまだしてない。一度話した程度では悟られないと分かり胸を撫で下ろすが、内心この後どうするかと自分の心に問いかける。


―――今のうちに帰るか、この場に現れて正体をバラすか。………どうせ同じクラスなんだし、そのうち感知するだろ。なら同じことか。


 天秤の西岡樹は後処理が怠だるい側に傾いた。別に恥じることでもない、ただ素直に出るタイミングを見失ったと伝えればいいだけ。

 そうと決まれば話は早い。俺は潜んでいた陰から身を乗り出そうとして、……近くにあった段ボールにつまづき足から勢いよく倒れ伏せた。


「痛!」


 ガツンと床にぶつけ、そのまま意識を失う俺。どこか遠くで誰かがたいそう驚いていた気がするが、消失する記憶は認知を不慣れにさせ、俺を混沌の中へと引き摺り込んでいった。

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