第2話 学校 

「はあはあ、…どうして、こんなときに鍵が、ない…、んだ」


今までで一番とも言える全力疾走で、なんとかチャイムが鳴り終わる寸前に教室に飛び込むことに成功はしたものの、廊下の余裕が鍵付き下駄箱のせいで無に帰った。

 

 掛けていた鍵が行方不明になり外に置いた体育館履きで入ることになったのは不運以外の何物でもない。デザインが似ていて本当に良かった。

 こっちを覗き込む連中に俺は足元を隠す。


「おい大丈夫か? そんなんだから鍛えておけって言ったのによ」

「うるさい。そんな時間があったら昼寝でもして朝早く学校に来る方がいいだろ」

「今日は寝坊したのに…?」

「しばくぞ、この遅刻常連者」


 おお怖い怖い、とわざとらしく言いながら黒板に張り出された自席に向かう中谷。体育館履きに気付かなかったことにホッとして、俺は自分の席に着いた。


 数分後、先生が入室してきた。


 平良たいら県西けんせい


 一年で担任が持っていた教科、日本史を選択したせいだろう。やはりというべきか去年の禿げかかった担任が自己紹介を始めても対して驚かなかった。


 中谷曰く、自身の選択教科なので一段と気合が入ってるとのことだが、所詮言動は変わらずじまいだな、と昨年となんら変わりない挨拶に欠伸をこぼしながら周りを見渡す。


 男女ほぼ均等、見知った顔がちらほらあることに若干安堵するも不安は拭えない。 なるべく怪しまれないよう、ごく自然体でクラスメイトたちを順々に眺めていると少々面白いものを発見した。


―――本、か。


見たところ、文庫本サイズのカバー付きで重なった紙の中に黒いページがある

ことから一般文芸ではないのは推測可能。となると選択肢は一つしかないわけ

で、

言わずもがな、ラノベになるわけだ。


ーーーようやく、ようやくだ。去年の時はラノベどころかアニメさえ見てる人間は少なかっただけにこれは大きいぞ。会話を共有できる人間がやっと…


 心全体が満悦で埋め尽くされ笑みが浮かんだ。感傷に馳せながら、その本の持ち主に目をやると、その途端喜びが好奇心へと変貌する。

 有名人だった、訳では無い。目線を上げ、所有者の姿を確認するとそれが女子だというのがわかった。


ガラガラと音を立て、俺の女子の前提条件が崩れ去る。

 おなごがラノベ…?というおっさん心は置いておくとしても、女子がラノベを読むなんてカエルが羽虫に食べられるくらい前提条件の薄い話だった。

 

 そもそも論として学校に本を持ってくるなんて、一般論的に会話が苦手な男子が一人逃げ込める殻のようなものだ。それが女子であれば前者か、さぞかし変わった人間であることは間違いない。


「えー皆さん。先生は最近トランプにはまっておりまして、このタロットというものに憧れを……」


先生の話が予想以上に長引いているのを好機と捉え、顔を目に写す。


ぱっと見、眼鏡をかけた大人しそうな生徒なのが第一印象と言ったところ。陰湿そうな雰囲気を出しているというより、どちらかといえば話しかけられるのを待っている感じに思え、前髪を上げてコンタクトを装着すればそれだけでクラスの輪の中心部に入り込めるような気がしてならない。


ーーー同じラノベ好きとして声をかけたいけど、ああいうタイプは引かれるか?


 正直、男子面子の感想は静かそうの一言に尽きるが女子はそんなに交流がなくピントこないかった。


 押し掛け話を交流と受け取るなら、本の持ち主の斜め後ろにしょっちゅう自分に話しかけてきた気の強い女子が確認できるが…………ぶっちゃけ苦手なので関わりを持ちたくない。


「それでは私からは以上となります。みんな寝ないでよく聞いてくれたと思います、これからも…」


胸の内で以後の振る舞いについて良さそうに纏めついたところで、先生の話に終止符が打たれた。時間にしておよそ五分前後。珍しく短かったなと安堵するも束の間、ここで担任が前とは違う順序を編み出してきた。


「えー、それでは皆さん。初めてのクラスで緊張してると思うけど、とりあえず自己紹介行ってみようか」


―――自己紹介……? こんなクラスのこと重んじる先生、俺知らないんだけど?


 去年の放任主義の先生だったら、今日のこの時間は生徒たちに自由時間を与え自己紹介については後日みたいな話だったはず。何急に方針変えてるんだよ、と思うのは無理がなかった。


 昨年からのクラスメイトは五人居るが、内心焦ってるのはそいつらも同じらしく、仲のいい連中に何か相談している。俺の周りは完全に女子で固められ干渉を阻害されてる気分。

 はは、肝心な時に付いてないのはいつも通りのようだ。


「よし。始めましょうか。そんじゃ雲斎うんさい黄泉川よみかわ、それと西岡。スタンダップ」


―――へ? まさかこの流れ……


三つ前の席に座る中谷が同情を向けてくるがそんな顔するなら変わってくれ。


 その瞬間、担任が口元を歪めて意地の悪そうに口を開いた。 これは三人の出席番号でジャンケンでもさせて勝った順に自己紹介をさせていくパターンだが……、


「今立ってる人たちはそれぞれの出席番号が最初、真ん中、最後の人です。三人でじゃんけんをして勝った人から順に最初か最後を言ってください。それを自己紹介の順番にします。……まあ、いつも最初からっていうのもアレですしね」


―――ほーらきた! ってか何がアレだよ! 去年の放任かつ適当な担任教師はどこいった?「めんどくさいから一番からね」ていう言葉、覚えてる生徒がここに居るってのに。


 疑うような視線を向けるが、構わず生徒にジャンケンを促す担任。仕方なしに右手を掲げると、合わせるようにして二人も腕を挙げる。そうやって皆に見えるように合図に称して手を差し出した。


「「「じゃん、けん、ぽん!!」」」


ところでジャンケンといえば一番勝率が高いのは何か知ってるだろうか。俺の個人的主観では皆が一番出しにくいチョキに劣るパーが圧倒的に必勝率いいと勝手に思い込んでいる。


 だから、だからこそだ。

二人ともチョキを出して一人負けをするなんて誰が予想できただろうか。


「最後で」

「私も最後でお願いします」


―――こいつら、俺にチョキを最弱だと思い込ませてパーを出すことを敢えて予測してただと!?


 ドッとクラスが沸き立つと、担任が一白置いて「じゃあ西岡から」と言い、俺が指名された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る