9-3

翌朝、ハルトル宰相が国内各地に避難指示を発令した。

同時に高齢者・子ども・心身に課題のある人は日本への避難を推奨する、と但し書きがされたことで日本への避難希望者の数は一定数に抑えられた。

「腱鞘炎にはならないで済むかな」

冗談交じりにそうぼやいた俺に「明日以降増えるかもしれないがな」と木栖が言い返す。

昨日のうちに摺り上げてカットした入国許可証のひな型を積み上げ、避難希望者ひとりひとりに簡単な確認(犯罪歴の有無と健康状態ぐらいだが)しつつサインを入れて手渡していく。

本当はいちいち確認などするべきじゃないのだろうが、万が一の保険として一応やっておきたい。幸いにも苦情がないのがありがたい。

アントリには避難希望者の整列を頼んでおり、オーロフは俺の手伝いをしつつ少なくなってきたら新しいひな型を摺り上げてくれ、木栖はこの後に備えての準備に動き回ってくれる。

日が暮れるまで手を止めることなく入国許可証を手渡し、日が沈めばLEDランタンの明かりで許可証を摺り上げた。

「真柴、言い忘れていた報告がある」

「なんだ?」

「米軍とNATO軍から観戦武官が派遣される、それに伴って大使館の一部を彼らに提供することになった」

「……観戦武官って、よその国の戦争を見に来る将校のことだよな?」

聞き馴染みのない単語に聞き返すと「その認識であってる」と答えが来る。

「そもそも観戦武官なんて言葉自体が死語だから俺も聞くのは防大の授業以来だ、いつ何人来るかは不明だが大使館の一部を借り上げるのは決定事項らしい」

「向こうもさすがに客扱いは期待してないよな?」

「たぶん。面倒そうなら放置してもいいぞ、お前より俺のほうが多分相手出来るだろうしな」

「悪いけどお前に丸投げするよ」

苦笑い気味にそう返すと木栖は「お礼はほっぺにチューでいいぞ」と冗談交じりに言うのだった。


****


避難勧告が出て10日。

日が経つにつれて避難希望者は増え、この土地に残ると決意した男たちの服装が物々しくなってきていた。

そんな折、嘉神と納村が情報交換のため大使館を訪ねた。

「避難に向けての流れが決まったので」

嘉神に渡されたルートマップによると、まずは上野で検疫・検査を受ける。問題がなければ異世界産の菌やウィルスの持ち込みを避けるため入浴と手荷物消毒、問題があった場合は成田の研究所で再検査を受けて問題なしと判断されるまで隔離される。

その後避難所へと向かう形になる。

「ジョンの入国許可が下りなかったのは残念ですが、これで大体の見通しはついたので避難希望者に渡しておいてください」

「動物の入国は地球でも大変だからな、異世界産動物ならなおさらだろ」

ペットであるジョンはついに150センチ近くなってきたが嘉神の愛情は揺らぐことがない。

ジョンが自分より大きくなったらどうする気なんだろうな?という素朴な疑問は置いておくとして、だ。

「こちらが避難所の情報です」

避難所に選ばれたのは栃木・鬼怒川の廃業したホテルで、1世帯につき1部屋を支給する。

代わりに近隣のシカ・イノシシ・特定外来種の駆除や農作業などを地域の担当者や技能実習生管理団体の監督・指導下で行い、自力で自活する。

サポートは日本側から嘉神と毒島の二人、金羊国大使館からもサポート担当者が出る形らしい。

最低限の自活はできるようにするので後は法律の範囲内でご勝手にというところか。

「きついだろうが頑張れよ」

「はい」

ふと木栖が「納村はどこ行ったんだ?」と口を開く。

そういえばさっきまでいたはずの納村がいない、おいあいつどこ行った?!?!?!?!?

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