8:赤い実はじける大使館
8-1
冬の長期休暇が終わって3日もすれば大使館内は日常に戻るというもので、休暇の名残りとして嘉神のお土産の鮎菓子をつまみながら書類に目を通しているとある書類が目に留まった。
「日本-金羊国間トンネル建設事業について……?」
はて何のことやらという気分になって過去の書類を掘り起こすと、そういえばそういう計画があったが金羊国側の人財不足やら日本側で同じ通路を作れる可能性が低いやらで夏以降さっぱり動きがなくて忘れていた。
どこから話が伝わったのか知らないが、金羊国側が腕のいい魔術官を囲い込もうとしているのならトンネル建設事業に人材を回すよう強めに求めておけという政府上層部からの指示書だった。
一緒にあった飯島からの事情説明の手紙によると、日本ではもう大手ゼネコン4社とJR貨物が担当者を決めて作るための試算を始めたいと言い、期せずして金羊国と日本をつなぐトンネルの入り口になってしまった駅舎を提供している大手私鉄からもどうするのかとやんわり圧をかけられているらしい。
しかも本来の主管は国交省のはずであるにもかかわらず『異世界に向かう道は日本国土ではない』という理由で専門家を1人出向させてあとは丸投げという形のせいで専門外の飯島のほうに圧が向けられている始末で、とにかくやれるのか・いつ始めるかを明確にさせたいらしい。
(……金が絡むと動きが速い連中ばかりだな)
河内さんのあのヤバい薬でもきめたような目つきを思い出して、商売人とはそういうものなのか?と首をかしげる。
とりあえず午後にでも政経宮に赴いて話をしたほうがいいだろう。
****
午後一番に政経宮に足を運ぶと、ハルトル宰相とともにエルヴァル物流担当官が現れる。
エルヴァル物流担当官のことは以前から顔と名前だけは知っていた。理由は単純、見た目が目立つのである。
胸から下が人間で胸から上は鹿、しかも肩から肘あたりまでが鹿でひじから手は手首まで鹿毛が生えているものの人間と同じというモザイクぶりは多種多様な獣人の揃う金羊国内でも珍しいタイプになる。
しかもヘラジカが祖だということで身体と角が大きいのでなおのこと目立つ。
ハルトル宰相の後ろに立つエルヴァル物流担当官はなかなか威圧感がある。
「急に押しかけてしまって申し訳ありません」
「お気になさらず。トンネル建設事業に派遣する魔術官の件ですよね?」
「その通りです」
「ならよかった、今日進展があったんです」
「進展とは?」
「ヴィクトワール・クライフを正式に金羊国上級魔術官として迎え入れることになりました」
なるほど、結局彼女は日本へ移らずにここに暮らすことで妥協したわけか。
まあそうなって欲しかったのでよかった、としか言いようがないが。
「正式にうちで働くのは来月1日からですが、金羊国としてはヴィクトワール上級魔術官とエルヴァル物流担当官をトンネル建設事業に派遣します」
後ろに立つエルヴァル物流担当官のほうを見ると、よろしくお願いしますとでも言いたげに目礼をしてきたので俺も小さな会釈で返す。
「エルヴァルはいささか寡黙で付き合い下手ですが仕事はよくできますので、トンネル事業については全部彼に一任する予定です」
「了解しました、日本側はもうだいぶ動いてますので多忙になるかと思いますがよろしくお願いします」
エルヴァル物流担当官は小さくも低い声で「よろしくお願いします」とつぶやいた。
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