4:大使館、北へ
4-1
6月。初夏を迎えた金羊国は収穫祭を迎え、大使館の外には神殿詣でに向かう人々が列をなしている。
ここでは主食として麦が好まれているため、収穫の季節である初夏に収穫祭が行われる(秋にも収穫祭があるが)
さらにこの国では神殿に祀られている金羊の女神がお告げを下した日がちょうど昨日の出来事となっていて、その前後を含めて3日間が国の定める休日となっている。
普段あまり休めない農民や炭鉱夫たちも初夏の収穫祭に合わせて仕事を休み、金羊の女神にこの恵みを感謝するため皆がこぞって神殿に向かう事になる。
「で、その結果がこの大渋滞という訳だな」
木栖が呆れ気味にそう呟きながらこの景色を眺めている。
門前に出した日本大使館のブース(長机や掲示物があるだけだが)の前には人が結構な集まり方をしている。
飯山さんがここで収穫された大麦で作った麦茶はノベルティとともに神殿に向かう人々に振る舞われ、大使館や日本についての説明掲示物(嘉神が作り説明もしてくれている)の前には日本について興味を示す人たちが集まっている。
飯山さんのほうは台所でずっと麦を煎り続け、柊木医師が麦茶を淹れて魔術でキンキンに冷やし、オーロフが門前まで運び、アントリが容器の回収・洗浄を行っている。
「この様子だと来年は大使館の一部を開放したほうがよさそうだな」
疲れ切った納村がふらふらと戻ってきて「交代してください」と言ってくる。
常にハイテンション元気な納村がここまで寄れているのは珍しく、相当もみくちゃにされてきたのだろうと察する。
「わかった、ついでに嘉神のほうも休ませておこう。木栖」
「ああ」
飲み終えた麦茶の器を納村に預けて、少し表に出ていくことにしよう。
***
祭りの賑わいの中で麦茶は思ったよりも評判が良かった。
曲げわっぱに似た工法で作られる薄くて軽い容器になみなみと冷たい麦茶が注がれており、日差しが強くなり始めた初夏にはよくウケる。
麦茶と一緒にノベルティとしてティッシュとシールも渡しているのが物珍しいようでこれも好評の原因らしい。
「お疲れ様です」
「ハルトル宰相?」
大きな麦わら帽子をかぶったハルトル宰相が声をかけてくる。
後ろに同行しているのはヘルカとビョルトの黒猫姉妹だ。
「祭りの様子を見に来たんですよ、あと私たちにも1杯づつ頂けますか?」
よく冷えた麦茶を渡す前に三人に机の下をくぐって中に招き入れ、麦茶を1杯づつ差し入れる。
麦茶を鍋いっぱいに運んできたオーロフに紙とペンを持ってきてもらうと、冷えた麦茶の鍋や容器をそのまま置いて『ひとり1杯、自分で汲んでお持ちください』と書くと彼らは思い思いに麦茶を汲んで持って行った。
ノベルティも渡すのが面倒なので箱ごと出して『ひとり1セットを自由にお持ち帰りください』と殴り書きしていく。
いちおう俺が門前にいるので連れもいないのに沢山持ち帰る奴には声掛けするとしよう。
「麦茶をどうぞ」「助かります」
三人ともこの暑さで冷たいものが嬉しかったのかぐびぐびと勢いよく飲み干すと「ありがとうございます」と麦茶の器を返す。
「ところで今夜お手隙ですか?」
「そうですね、麦茶は昼間だけのつもりでしたから」
「もしよろしければ今夜一緒に食事をなさいませんか?久しぶりに僕の友人にして素晴らしい踊り子がこちらに帰ってきているので是非お目通しをと思いまして。
それにここの大使館のご飯を友人に食べさせてあげたいんです」
「私も!カガミご飯作るの下手!日本のご飯食べたい!」
反射的に口をはさんで来たのはビョルトで、姉のヘルカが「ちょっと!」と叱るように止めてくる。
「ビョルト、今夜は僕の代わりに政経宮で留守番でしょ?料理人の人にお願いして夜食を作って貰うから、ね?」
宰相による宥めの言葉でビョルトは不満たらたらの顔で「チョコレートアイス」と返してきた。
はて、チョコレートがこの国にあっただろうか?ココアの粉末なら先月末に納村が買ってきたものがあるはずなので飯山さんにそれっぽいものを作って貰うしかない。
「うちの料理人に頼んでおきます」
再び冷たい麦茶の鍋を持って来たオーロフの足音がする。彼の足音は独特なのですぐにわかる。
とりあえず今夜の食事は少し多めに作って貰う事になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます