第3話 取材1

薄暗い店内。昼時だと言うのに客は私達と老夫婦だけ。その老夫婦は、話もせずに機械的に目の前の料理を食べている。


私は視線を目の前にいる男に戻した。隠しきれない不安。小刻みに震える足を叱咤した。


「大丈夫?」


「はぃ………。大丈夫です」


彼を取材する為に来たわけだけど、そうでなかったらこんな陰気臭い店には絶対に来ない。


彼は、『殺し屋』。


どうしてそんな彼が私のような未熟な編集者に連絡をくれたのか?


気まぐれでも良い。こんな機会は、二度とない。これは、出世する大チャンス。少しのリスクは覚悟していた。


どうやら彼は、今日で殺し屋を引退するらしい。引退する前に『生きた記録』を残したいということだった。



「じゃあ、取材を続けますね。あなたが、殺し屋になった経緯を簡単に教えて下さい」


「昔、見たんだ。ネットの書き込みで。誰々を殺してくれっていう……。冗談か本気なのかは分からなかったけど、他にやることもなかったからさ。だから、殺してあげたんだ。そしたら噂が広まって、その後たくさんの人から依頼がくるようになった。すぐに売れっ子になったよ。何年も何年も殺しを続けていたら………。気づいたら今の自分になっていたって感じかなぁ」


「そんなにたくさんの人を殺して、あなたに罪悪感はなかったんですか?」


「なかった。そもそも足下にいる蟻を踏み潰して。悪かったぁ、ごめんなさいぃ~って涙を流して謝る人はいないでしょ?」


「人間は、蟻じゃありません」


気づいたら、私はこの悪魔を睨んでいた。怒りが恐怖に勝った瞬間だった。


「そうだ。人間は、蟻以下」


男は、両手でグラスを支え、中のワインをストローを使って静かに飲んでいた。

やっと来た霜降りステーキを犬のようにガツガツと食べている。口や、高級スーツが飛び散ったソースで紅く染まる。


幼い。


まるで、子供。


あぁ、そっか………。


私は、妙に納得していた。


だから、この男は【残酷】なんだと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る