第8話 ヤバい師匠

「意識の改革というのはなんとなくわからないこともないですがキーとは一体なんなのでしょう?」


 魔王様が仰った「意識の改革と鍵」という言葉。前者はなんとなくわかる。今迄の内容から察するにこれも効率化の一つだろう。

 世界の住人が当然だと思っている事と全く違う方向の考え方をしなければならないという事は辛うじてだが理解出来た。だが鍵というのがなんなのかはさっぱりわからない。


「鍵というのは技、呪文を発動させる為の根底にあるものの事を指す。先程の会話になぞらえるならば、飛斬を出す時に『飛斬』と口にする事が鍵になっているということだ」


 頭の中がハテナで埋め尽くされる。相変わらず何を言っているのかわからない。僕の考え方の大半は未だ常識で埋め尽くされている事に早く気付いて欲しい。

 僕が疑問を口にするより先に肌の色が正常に戻った勇者様が横から会話に入ってきた。


「だーからおめぇは難しく伝えすぎだっつってんだろマディラよぉ」

「おお。もう精神状態は安定したのかカイル」

「やかましい!二度とこの話題を口にすんじゃねぇぞ糞魔王!」

「おぉ怖い怖い。フハハ!」

「ったく。じゃあ坊主。今から俺が見本を見せてやるからよく見とけ」

「あ、おねがいします勇者様」

「・・・その『勇者様』ってのはヤメろ。坊主は俺らの弟子になったんだから相応の呼び方ってのがあんだろ?」

「確かに。では我の事も『魔王様』と呼ぶのはここまでにしてもらおうか。さてなんと呼ぶか小僧?」


 突然過ぎる内容に一瞬思考が止まる。だって二人は世界で知らない人はいない程の有名人だ。何故か名前も容姿も知られていないが存在は知れ渡っている。

 そんな二人に「呼び名を変えろ」と言われてもすぐには出てこない。


「ほれ坊主!俺らの事なんて呼ぶんだ?」


 あっ!思いついた。多分お二人共名前があるのにそれを呼ばれない事が不満だったんだ!

 僕だってグランから『平民』だの『貴様』だの名前で呼ばれない事を不満に思ってたんだし・・・。


「一つ付け加えるが『カイル様』『マディラ様』は禁止だぞ?これに関する答えは一つだけだと知るがいい」


 一瞬で希望が絶たれたんですけど・・・。

う~ん。それ以外の呼び方って何!?わかんないわかんない!!


「う~ん・・・」

「マディラの難しく考える癖が早速移ったんじゃねぇのかこれ」

「いや、変にさかしく物事を考える事は小僧の悪癖だ。我の所為ではない。というか我はそんなに難しく考えておるように見えるのか・・・?」

「しゃーねぇヒントだ坊主。学園でお前らに勉強なり戦い方なりを教えてる奴らの事を何て呼んでる?」

「え?それは”先生”と呼んでいますが」

「だろ?それはそいつらが先生としてお前らに色々教えてるからだよな?」

「はい」

「じゃあ師匠と弟子っていう関係で坊主に色々教える俺らの事を呼ぶ時は?」


 あ、そういうことか!恐れ多いって気持ちが前面に出てしまっていた所為でその考えに至らなかった。さっき魔王様が激を飛ばしてくださった時に答えを言ってくれていた!


「見本何卒よろしくお願いします!”師匠”!」

「よぉーし正解だ坊主!オラァッ!!」


 ニカっと笑ったカイル師匠はその勢いのまま背に携えていた剣を振り下ろし、叫ぶ。

 言ってないな。言ってないよな?今間違いなく『飛斬』って言ってないよな!?

なのに出たぞ!!振り下ろした剣の軌跡をなぞるようにとんでもない威力の飛斬が彼方に飛んでいったのを僕は確かに見た!!!


「では我も一つ。・・・それぃっ!」


 詠唱したか今!?呪文名言った?いや言ってない。『それぃっ!』しか言ってなかったよな!?なのになんで空からフレアバーストが降ってきてんの!??


「オラオラオラオラオラオラァッ!!!!」

「そーれそれそれそれそれそれぃっ!!!」


 瞬く間に視界に映る空を埋め尽くす数のフレアバーストが現れ、降り注ぐ。

それをカイル師匠は振っている剣が見えない速度で飛斬を飛ばして破壊していく。


「オマケだ坊主!うるぁあああああああ!!!」

「大盤振る舞いではないかカイル!我も負けていられんなぁ!落ちよ!!」


 全てのフレアバーストを破壊したカイル師匠が剣を背に戻し、叫びながら力を溜める様に力むとその両手に光が宿っていく。

 それに対するマディラ師匠も声を張る。真っ白だった筈の世界に影が落ちる。


「あ・・・あ・・あ―――」


 上を見上げると信じられない大きさの隕石が落ちてきていた。何も無い空間にあの体積の物体を瞬時に作り出す事は不可能だ。仮にこの隕石が現実世界に落ちたら星そのものが壊れてしまうだろう。そう思えてしまう程の巨大な暴威が迫ってくる恐怖に僕は逃げる事も出来ず立ち竦む事しか出来なかった。


「ドラァアアアアアアアアアア!!!!」


 カイル師匠が叫びながら光る両手を天に突き上げる。

その右手から青く光る波動が、左手から赤く光る波動が迫り来る隕石に向かって凄まじい勢いで伸びていく。

 途中でそれぞれの波動は重なり合うように螺旋を描き、途轍もない回転数を保ちながら隕石と衝突した。


「ぬぐぐぐぐぐぐぅぅぅ!!!おっも!なにこれおっも!!どんだけマナ込めやがったマディラアアアアア!」

「フハハ!我の魔法が簡単に消し飛ばされてしまっては小僧の中での序列で我が貴様の下になってしまうではないか。これを砕けねば勇者は魔王より下という事になるなぁ小僧!」

「え?え?えぇ?」

「ぐおおおおおああああああ!!!こ・・・こんな石ころ如きぃいいいいい!!」

「おぉ!またしてもカイルの顔が真っ赤になっておるぞ小僧!フハハハハ」

「後で覚えてろよ糞魔王がああああああああ!!!!」

「ほれっ!」


 おちょくるマディラ師匠に対して怒髪天といった形相のカイル師匠が叫ぶと同時に再びマディラ師匠が一言声を発した、すると数百発はあろうかというフレアバーストが巨大隕石の真下に現れる。あ・・・カイル師匠に向かってホーミングしながらとんでもない勢いで落ちていく。


「ぬあっ!マジかおいっ!!」

「フハハハ!今回は我の勝ちだなカイル!ほれっと」

「グッ!ガッ!ドヘゥッ!おわあああああああああああああ?!!!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ!と地鳴りの様な音を鳴らしながら落ちてくる巨大隕石を螺旋波動で抑えていたカイル師匠に向けてフレアバーストが次々着弾した。防御する余裕の無いカイル師匠は為す術無くボコボコにされていく。

 あ、螺旋波動が消えた。と僕が思った瞬間マディラ師匠が僕を懐に抱え込み、『ほれっと』と発すると僕達二人を包む結界が張られる。

 ゴバァアアアアアアアアアアン!!!!と凄まじい轟音と暴風が吹き荒ぶ中、カイル師匠が巨大隕石に潰された。


「カ、カイル師しょおおおおおおおおおおおおお!!!」


 地面と接触した巨大隕石がその衝撃で砕けながら崩壊していく。

僕はそんな光景を目の当たりにし叫ぶ。


「ハーッハッハッハッハ!!これで我の448勝目だ!フハハハハハハハハ!!!」


 そんなこの世の終わりの様な光景を眼前にマディラ師匠は高らかに勝利を宣言して笑っていた。ヤバいよこの師匠・・・。

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