第32話

「おお! 盛り上がってるな!」


 当日、氷を配るために城下に降りた僕たちは、その降りた先である城下のあまりの盛り上がりに、正直驚いた。


 去年よりも参加してくれている人数が多い気がする。


 もしかしたら、僕が王になって初めての冷涼祭だからみんな参加してくれているのかもしれない。


 ありがたい限りだ。


 幸い天候に恵まれ、いや、この場合は恵まれていないのだろうか。


 雲1つない晴天。


 暑さを凌ぐ祭りを、ここ最近で最も暑い時期に行う。


 まあ恵まれていると言って良いだろう。


 ギラギラと照りつける太陽は少しまぶしすぎるため、フィレノアが用意してくれていた麦わら帽子を頭にかぶっている。


 今回僕とククレアは、城を挟んだ北と南で別れることにした。


 僕は北側担当だ。


 参加してくれている貴族の量は去年とそこまで変わらない。


 少し多いかなといった程度だ。


 ほかの人たちとの都合上、うまくスケジュールを組んだ結果、僕は初日の午前中のみの仕事で、午後からは自由に回ってもかまわないという風になっている。


 もちろんククレアも同様だ。


 だから今日の午後から明日の祭りの終わりまで、ククレアやフィレノアたちとこの祭りを存分に楽しんでいこうと思っている。


「ただ、楽しむにはまずはこのしんどい仕事を片付けないといけないわけだね」


 皆の楽しそうな声が飛び交うこの王都の広場に作られた仮設のステージ。


 そこで開会式が執り行われる。


 宰相、新たに決められた王都の管理をしてもらう者。


 そして、僕の挨拶があって祭りはスタート。


 ステージから降りた僕は、群衆にもみくちゃにされながら必死に氷を生成して配っていく。


 涼みに来ているのに、ここまで団子のようにまとまっていてはさらに熱くなるような気がするが、それは触れないでおく。


 通常、このようなときにはボディーガードのような者がついて、民からは2メートルほど距離を置くものらしい。


 ただ、この祭りに参加した最初の時から、僕はボディーガードをつけずに群衆に飛び込むような形で参加している。


 我々を慕って集まってくれる民に、危ないからと距離を開けるのは失礼ではないかと思ったからだ。


 少しでも僕に危害を加えるかもしれないという疑いを掛けることすら僕は嫌だ。


 それに、万が一が起きないように細心の注意を払っているし、万が一が発生したとしても僕、そしてククレアは回復の魔法が使えるから大丈夫だ。


 必死に氷を作り出しながら大通りを歩いていると、こんな声があらゆる所から聞こえてくる。


「陛下! いつもありがとうございます!」

「国王陛下万歳!」


 そのような声が聞こえてくると、やはり疲れというのは吹き飛ぶ物だ。


(よし。この調子で頑張ろう)






「「あぁ~、疲れた……」」 


「両陛下共々、お疲れ様でした」


 王城の入り口付近に建てられた大きめのテント。


 その中に置かれたソファーに、瓜二つの様相で折り重なるように伸びる僕とククレア。


 その前に設置されている低めの机に、香ばしい香りの立ちこめる麦茶が置かれた。


 その麦茶の入っているガラス製のグラスには、1つ大きな氷が入っていて、グラスの外側に水滴がついていることから、キンキンに冷やされている物だとわかる。


 人々の往来で揺れる水面を眺め、ゆっくりと口をつけて3分の1ほどを飲むと、おもわず、ほぅ……、と声が漏れてしまう。


 このキンキンに冷やされた麦茶が、汗によって水分の抜けた体に潤いを取り戻してくれる。


 日光に照らされて火照った体をゆっくりと中から冷やしてくれる。




 やりがいはある。


 感謝の声をもらえるのはもちろん活力になるし、もっと頑張ろうという気になる。


 もちろんその言葉をもらうたび疲れも吹き飛ぶが、その吹き飛んだ疲れというのは、1度落ち着いた安心できる環境に置かれると、遙か彼方から舞い戻ってきて一気に自身の体にのしかかる。


「あぁ~、もう今日は無理~」


「奇遇だね。僕もだ」


 午後から出かけようと思っていたのだが、どうやらソファーは僕たちのことを放す気がないらしい。


 頭を押さえながら呆れた声を出すフィレノアを、その場に居合わせた見習いメイドらしき人が驚いた顔で見ている。


「で、どうされますか? 今日はもうお休みになりますか?」


「「休む~」」


 今日の午後は良いだろう。


 まだ明日丸1日あいているわけだし、そこで十分回れるはずだ。


 ……先ほどの見習いメイドの反応を見て思ったのだが、いちメイドであるフィレノアが、僕たちの行動を見て大きくため息をつくというのは、他国からしたらとてつもない父兄なのかもしれない。


 普段ならば、僕とククレア、そしてティニーの前ではほかのメイドと変わらないような態度をとるフィレノア。


 ただ、今回はフィレノアも疲れていたのだろう。


 フィレノアは魔力量が比較的多く、それでいて魔力の腕に長けているため、今回はメイドという立場でありながら氷を配る側として午前中、祭りに参加していた。


「よしフィレノア。フィレノアも今日は休みな」


「え、えっと、それは?」


「そうよ。フィレノアも疲れているでしょう? 明日一緒に回るのだから、そこでバテられたら困るわ」


 ……今日はティニーが別の所に行っているため、代わりにやってきた見習いメイドがかわいそうなほどに目をぐるぐると回転させながら困惑しているのが視界の端に移っているが、僕はこれからその彼女にもっと負担を掛けさせようとしている。


 ごめん。見習いメイドさん


「今日はここから僕とククレアは同室にいるから、フィレノアはその間自室で休憩してて」


「えっと、それではメイドはどうされるので?」


「そこの子にやってもらうから大丈夫よ」


 僕の意図をくみ飛んでくれたククレアがそう告げると、聞いたことのないような絶叫がテントの中に鳴り響いた。


「わ、私ですか?? ほ、本当に?? ご冗談??」


 首をぶんぶんと振りながら、今にも心臓が爆発するのではないかというような焦り具合を見せる彼女。


 そんな彼女をちらっと見て、少し口角を上げるフィレノア。


 慌てて口角を下に下げた後、一呼吸置いて口を開く。


「……わかりました。メアリー、後は頼みますね」


「は、はい……」


 フィレノアは結構性格が悪い。

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