第2話 奪還

俺は軍の撤退要請に従って軍の寮で休もうとしていたが、他の連中が話していた捕まった敵軍の女性兵が誰かを俺はすぐに理解した。

――レインが捕まった。


俺はもうこんなところにいる暇はない。すぐにでも準備して見つからないようにレインを奪還しなければ、あの連中が話していたようになってしまうかも知れない。

この国、マスカ帝国の収容所の検査官たちは捕らえられた女性を貪るクズばかりが顔を並べていた。だから、もしも俺が一刻でも遅ければ…。

もう、俺は彼女に顔を合わせることも許されないかもしれない。


覆面をかぶり、新しく提供された8×4.93mm弾専用バトルライフルの1S3PMや手榴弾をリュックに詰めて即座に部屋を後にした。


あえて収容所に行く最短のルートに近く、そして暗い道を通ることでおよそ体感で5分くらいで着くことができた。しかし、どうやって周辺の見張りを突破するか。最初からやりすぎてしまうと他の兵が派遣されてすぐに捕まるし、検査官やそれに準ずる立場の身分証明がなければ正面からの突破は難しい。だが、男ならば人生の佳境で覚悟を決めるのは当然。俺は迷わず入り口の見張りに射撃、混乱して

いるところを中に入った。


中に入ると、そこには見張りの1人らしき男がいた。俺はすかさずソイツの喉元に銃口を当てた。


「今からする質問に3カウント以内に答えろ。もしも3カウント以内に答えられなかったり嘘や妄言を言おうものならお前や仲間の命は無い」

「は、はい…」

「ならば質問だ。今日入所したばかりの白群びゃくぐん色の髪をした女性兵はどこの階の何号室にいる?カウントするぞ。1…」

「さ、3階の010号室だ!間違いはない…」

「そうか。協力感謝する」

「お、お前は何者だ!?」

「ふっ、俺は国の平和よりも1人の女を優先する者さ」

「と、捕らえられてから後悔するなよ!?」

「さぁ、捕まえられるかな?」


こうして、俺は3階の010号室の前に来た。そこには本当にレインがいた。夜も随分深かったから、レインは寝ていたが、そのいとおしい寝顔が、この胸を刺す痛みになった。それは、恋ゆえか罪悪感故か。


「レイン、起きろ、俺だ!しっかり…」

「あ、あなたは…?」

「俺だ!とりあえず、今開けてやる」


そして、俺は簡易式地雷を取り出し、床に設置してそこを射撃した。すると、想定通り鉄格子の根本が見えていた


「待ってろ、もうすぐだ」


俺は根性でその鉄格子の一部を動かし、そこからくぐって中に入った。


「も、もしかしてあなた、ソr…」

「…こういう時は、黙っておくのが一番だよ」


名前を言われそうになって、ついキスで口止めしてしまった…。


「ちょ、ちょっと!?何でこのタイミングで!?」

「し、仕方ないだろ?こっちは銃で手が塞がってんだから。それより、俺はこの壁を破壊するから飛び降りて脱出するぞ」

「え!?私、そんなことできないよ!」

「大丈夫だ。俺が抱えてやる」

「こんな状況なんだよ?私へのアプローチならまた今度にしてよね」


そんな拗ねたような表情も微笑ましかった


「俺は、どんな手を使ってでもお前を取り戻したいんだ」

「えっ?どうしてそこまで…」

「それは、お前が言ってくれたからだ。戦争中も、一緒に居れる時は一緒に居たいって」

「…私、やっぱりソル君に会えてよかった」

「ほら、壁は壊せた。お、俺の腕の中に抱かれてくれ」

「え!?やっぱり無理だよ!まったく、ソル君ったら大胆だね…」

「どんな誤解したかは知らないけど、早く行くぞ」


「侵入者を発見!ただちに撃ち殺せ!」

「しかし、収容者が…」

「構わん、責任は俺がとる」


「ほら、レイン。跳ぶぞ」

「えぇぇぇぇ!?」


――そして今俺は、彼女をお姫様だっこしながら空中を舞っていた。

――そして今私は、彼氏にお姫様だっこしてもらいながら身を委ねていた。


こうして、僅か10分無しでレインを救出することに成功した。


「ねぇ、またキスしていい?」

「どうした?急に」

「あの時はいきなりで堪能できなかったから…」

「分かった。本当、レインを救出できてよかった」


そして俺たちがキスをしていたのは、数秒間だけだったのか、あるいは数分間だったのか。


「なあ、今夜は寮の俺の部屋に来ないか?」

「そ、それってえっちな意味ではないよね?」

「何言ってるんだ、俺にはまだ早い。今夜だけかくまおうと思っただけだが」

「なんだ…。でも、今回の件で私は行方不明ってことになるから、これからは一緒でいられるね」

「嬉しいよ。まさかこんなに早く…」

「…って言いたいけど、私にはまだ国にやり残してきたことがあるの」

「それは?」

「私の許嫁いいなずけにお別れくらいしっかりしておきたいな、って。私は別にどうでもよかったんだけど、向こうは私のこと好きだったみたいだし」

「そうか。で、その許嫁とやらは?」

「カーム共和国陸軍上級大将のレーデオ・ドロッソだよ」

「そうか…」


レーデオ・ドロッソ。代々国の軍事に奉仕してきたドロッソの末裔、その体躯からは想像できないほどの力を誇り、素手でりあえば命は無いといわれる程の豪傑。まさかあの男がレインの許嫁だったとは…。


「まあ、そのタイミングで殺されたりこっちに帰れなくなっったりしないといいが。万が一はあるし、もしも逃げないといけないと思った時はこれを使ってくれ」

「これって…」

「ああ、猛毒のダガーだ。レインはダガー得意だろ?」

「…ありがとう。でも、もっと心配してほしいかな」

「ああ、もう一度言わせてくれ。好きだ」

「私も、大好き」

そして最後に、もう一度だけ抱きしめ合った。


「おーい、ソル兵長。昨夜はどこに行ってたんだ?」

「実は、なかなか寝付けなくて散歩に行ってました」

「せっかく気が向いて遊びに行ったときに限っていないんだから。もしかして、昨日敵兵の女を逃がしたのってソル兵長だったり?」

「っ!?…」

「あれ?もしかして図星?」

「まさか、レインに何かしたのか!?」

「まあ、上には報告しないであげるけどさ、その女逃がしたことも上官に向かって反抗的な素振りを見せたことも。名前知ってるくらいだからやっぱり恋人同士だよね。まあ、そんなことしようと無駄だよ。何でかって?それは、私がソル兵長のお嫁さんになるからだ!」

「…は?」

「私は君が徴兵した頃から気にはなっていた。それが、たった3ヶ月で兵長に成り上がったからますます好きに…。いい?そんな女逃がしても無駄だからね!」

「は、はぁ…」


レミア中佐の突然の告白にただ茫然とするしかない俺であった。


続く

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