第十一話「家族団欒」
【一章】私の彼女
ゴールデンウィークになり学校が休みな凛はどこか嬉しそうにリビングで座っている。落ち着きがなくリビングをうろうろする杏を眺めていても凛の嬉しそうな笑みは消える事が無い。キッチンでは母が昼食の用意をしていて、美味しそうな匂いが部屋に漂って来る。まだかまだか、と凛は足を揺らして待っていた。
「あ、来たよ!」
玄関のチャイムが鳴った音に反応した凛は席を立ち上がるが、それより先に杏は駆けだして玄関へ向かう。ガチャリと鍵を開けて入って来た人物に杏は飛びついた。
「おかえりなさいっ!」
「あらあら、杏は相変わらず元気ね~」
「おかえり!」
「ふふふっ、凛も相変わらずみたい~」
同じように玄関へ走って来た凛を見て抱き着かれたまま嬉しそうに笑う女性は、漆黒の長い髪を揺らしながら杏の頭を優しく撫でる。
「杏、お姉ちゃん家に入れないから少しだけ離れられる~?」
「やだっ。久々に会えたんだからねーねの傍にいたい」
「もう、困ったさんね……そんな子には美味しいケーキはあげられないわね~」
「それは……! う……仕方ないなっ」
ケーキの箱を見た杏は目を見開いたあと渋々女性から離れて家へ上がる。いつも帰ってくる時に買って来る美味しいケーキは食べたいのだ。女性はキャリーカートを家に入れてから鍵を閉めると靴を脱いだ。凛はキャリーカートを持ち上げて「部屋に持っていくね!」と二階へ上がっていく。そんな凛を見て少しだけ目を丸くしたあと、杏に手を引かれてリビングへ向かった。リビングにつくと丁度昼食が出来たようで、母がダイニングテーブルに皿を用意している最中だった。
「おかえり~
「いつもありがとうお母さん。ケーキ買ってきたからあとで食べてね」
ケーキを母に渡すと腕に抱き着いている杏に誘われてダイニングテーブルに向かう。いつも杏が座っている席の正面に案内されると安里は腰を掛け、その隣に杏は座った。椅子を近付けてからまた腕に抱き着く。
「杏はほんとうに甘えん坊さんね~」
「ねーねにだけだもん……。お正月ぶりだから甘えさせて?」
上目づかいでおねだりする杏は昔から変わらないと思いながら安里は杏の頭を撫でる。自分にだけは素直な所が可愛いとは思うが、他人に素直になれない性格は変わったのか気になった。
頭を撫でていると、トタトタと可愛らしい足音が聞こえて来て、すぐにリビングに入って来た凛はいつもと違う――だけど姉といる時の――光景を眺めた後、杏の正面のいつもの自分の席に座る。微笑ましい姉妹の光景を眺めていると昼食の用意が出来て、母はいつも杏が座っている席に着くと「冷めない内に食べてね~」と昼食が始まる。姉が帰省してくる時のいつもの光景がそこにはあった。
*
昼食を終えて安里が買ってきたケーキを食べていると、凛のスマホが振動する。あとで見ようと思い点灯した画面を閉じようとしたが通知を見て画面を開いていた。葵からの連絡は反射で開いてしまう癖がついてしまっていたからだ。画面に表示されたメッセージを読んで少し考える。どうしよう、と安里に視線を向けると、どうしたの?、なんて視線と交わってもう一度スマホの画面を眺めた。
「あ、あのねお姉ちゃん……」
「なに?」
「その、今から会ってほしい人がいるんだけど……」
凛のその言葉に安里は不思議そうな表情をしたあと頷いた。安里の隣で目を丸くしている杏には返事をしたら説明するとして、凛は急いで葵にメッセージを送り返した。
*
三田家の玄関で葵は靴を履き、母が用意してくれたビニール袋を持つと扉を開けて家を出る。三田家と北川家は歩いて十分程の距離だ。五月に入り暑さが増してきたので今日は半袖で丁度いい。少しだけのつもりなのでTシャツにジーパンのラフな恰好。日差しを避ける為に帽子を被る葵は少年さを感じられた。
北川家へ向かうにはまず近くの十字路を曲がる必要がある。なので十字路まで歩くと葵は角を曲がった。
「あっ、すみませ……」
「あ、葵じゃん」
これが平日の朝でパンを咥えていたらラブコメでも始まったかもしれない。だけれども軽くぶつかっただけでどちらも倒れず、寧ろ葵の顔は少し不機嫌な色を醸し出す。どうして今目の前にいるのが兄なのだろう。しかも二人も。
陽斗と海斗は大きめの荷物を持っているので、帰省して来たのだと予想はついた。だけど一言連絡が欲しいと、兄たちの配慮が足りない部分に小さくため息を吐く。せめて母には連絡が行っている事を祈りたいものだが。
「それってもしかしていつものやつ?」
「……そうだけど。何?」
陽斗は葵が手にしているビニール袋を見て嬉しそうに声を上げた。だから早く家に帰ればいいのだと思いながら葵は少し嫌な予感がして、少しだけ兄たちと距離を取る。
「……ふむふむ、謎は解けたのです海くん」
「え? いや、謎って言うのかな……?」
「細けー事はいいんだよ! んじゃ俺たちも行くからちょっと待ってろ。荷物置いてすぐ追いつくから!」
「あ、まって陽……!」
走って家に向かって行く陽斗のあとを必死になって追いかける海斗を呆然と眺めながら、葵は我に返ると盛大に溜息を吐いた。
凛になんと説明をするべきか、葵の頭は回転し始める。
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