【二章】大切だから
しばらくの間双眼鏡で葵と凛を観察していて、杏は不思議そうに陽斗を見ていた。その視線に気付いたのか陽斗は双眼鏡を離して杏と視線を合わせる。
「何?」
「えっ」
「いや、見る先違わねぇ?」
「……あんたが信じられないからよ」
先程の陽斗の『本命』と言う言葉に杏はまだ動揺している。あれはどういう意味なのだろう。本気で妹の事が好きなのだろうか。それはどういう意味の好きなのだろうか。
「杏ちゃんはさ、どうして葵の事が好きなんだ?」
「え……」
「オレと葵は七つ離れてるからさー、葵が生まれた時にすっげー可愛いって思ったんだよな。この子は一生守ってやるって決めた大事な
「……そう」
陽斗の言葉を聞いてその感情が慈愛に近いものだと感じて少し安心してしまう。
「葵は昔から性別関係なくモテてたけど、誰かと付き合うのは初めてなんじゃねぇかなー。だからちょっとビックリしてるけど。だからこそ凛くんが葵と仲良くやってるか確認しに来た訳」
「……案外、真面目なのね」
「そりゃ真面目なのはうつっちまったからなー」
陽斗の真面目さに感心していたが言葉を濁されてしまって、陽斗は何かを隠している気がした。隠れているものが何のか知りたい様な気持になってしまって、じっと陽斗を見つめてしまう。
「ああああ!! 葵のお手製弁当!?」
「えッ!?」
陽斗が再び双眼鏡を覗き始めてすぐに発した言葉に、杏は反射で二人の方を見た。ここからだと二人の姿は豆粒で目を凝らしても弁当の中身が何なのか判らない。一体葵は何を作って来たのか気になりすぎて、必死に目を凝らす杏と双眼鏡で忙しなく二人を見て震える陽斗。
「ちょっと
「あ、おい!! オレまだ見てんだけど!?」
「はぁ!? 凛の好物ばっかり……!!」
「ハァ!? あ、葵と凛くんって付き合って何ヶ月だおい!? って見えねえから返せよ!!」
双眼鏡を奪い返して葵と凛を凝視する陽斗は震えていた。何故なら葵が凛の口へ料理を運んでいるからだ。
「お兄ちゃんにもしたことないのにいいいいいいいい!!」
「はぁ!? ちょっと何が起こってるのよ!?」
そう言って杏は双眼鏡を借りようとしたが、陽斗は意地でも双眼鏡を離さない。だって目が離せないからだ。微笑んで料理を食べ合う二人は、陽斗の知らない二人。
「な、なんか雰囲気が変わって来たんだけど……!? えっ、な、何をする気だ葵!! 目を覚ませ!!」
「ちょっと、いい加減
「お、オレはな、お兄ちゃんとして見届けなければならないんだ!!」
「それはあたしだって同じよ!!」
喧嘩の様に見える二人のやり取りに、辺りの人々は騒めいて行く。注目の的になっている事よりも葵と凛がどうなって行くのかが気になって、陽斗は双眼鏡を覗き続ける。双眼鏡越しに何故か目が合っている様な気がして、陽斗は慌てて双眼鏡を離した。
「……おーい! ……杏ー?」
遠くから聞こえる凛の声に杏は視線を向けた。こちらを呼ぶ様に見ているのは凛と葵だ。
「あ、気付かれた……」
「あんたのせいでしょ……!」
「いや杏ちゃんだって大声だしてただろ!?」
「……はぁ、もういい。にーにが呼んでるからあたしは行く」
「あ、待てよ、オレも行く」
盛大に溜息を吐いて、二人は立ち上がって歩き出す。なんと言い訳するべきか。否、素直になるべきかもしれない。きっと二人は怒ったりしないだろうという安心感があった。
杏の少し後ろを陣取りながら、陽斗は優しい瞳を向けていた。
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