【三章】幸せの代償
その日の夜遅くに熱は下がり、風邪薬を飲んで寝たので大分調子は良くなった。それでもまだ風邪の症状は残っていて、身体は重いが制服に着替えて家を出る。バスに乗り学校に着くといつもの様に教室へ入る。
「凛ッ!」
教室の後ろの扉から入った方が凛の席は近い。だからいつもの様に後ろから入ったのだが、一直線に駆け寄って来たのは葵だ。彼女の席は一番前の筈なのだが、と疑問に思いながら葵が目の前に立ったので見上げた。
「熱は下がった? どこか痛くはない? 休んでなくて大丈夫?」
「あ、葵、落ち着いて!」
昨日の夜、葵から連絡があって風邪を引いた事を伝えていたのだが、こんなに慌てる程心配してくれていたとは予想外だ。葵のメッセージは簡潔な事が多く、心配してくれているだろうとは予想していたがこれ程とは思っていなかった。あまりにも落ち着きのない葵に凛は動揺してしまう。学校なので抱き着きたくても抱きしめられないのがもどかしい。心配そうに見つめてくる葵は泣いてしまうのではないかという位に不安の色が滲み出ている。
「心配かけてごめんなさい。でももう熱ないし、鼻水はまだ出るけど、もう結構元気だよ!」
「……なら良かった」
安心したのか笑みを見せてくれた葵に、凛も安堵する。やはり葵には笑顔が似合う。入り口で立ち止まるのも邪魔であるので、凛は教室に入って自分の席に行くと鞄を置いて席に座った。前の席の生徒はまだ登校してきていなかったので、葵はいつもの様に席を拝借する。じっと見つめられているその視線はまだ不安の色は消えていない。
「葵は心配性だなぁ~。全然だいじょうぶなのに」
「うん、それはその安心したんだけどさ……」
どこか照れたように一瞬だけ視線を外した葵に凛は何が不安なのだろうかと考える。もしかして隈が酷いのだろうか。鞄から鏡を出して見てみようかなんて思っていたら、葵に手を握られた。
「ちゃんと凛がいるんだなって思って……」
「ん? 私はいるよ?」
「……一日会えないのがこんなに辛いだなんて思わなかったんだ」
だからこうやって温もりを感じられるのが嬉しいのだろう。安堵した様な表情に変わって行って、葵の傍にいる大切さが解った気がした。手を握りながら見つめ合って、ここが教室である事を忘れてしまいそうで。
「あ、凛。体調どう?」
登校してきた楓に声を掛けられて二人の心臓は跳ね上がった。絶対に分かっていて声を掛けたのだろうと言う
「昨日凛が休んで大変だったんだぞ?」
「え? なにが?」
「楓ッ!!」
「どこかの誰かさんが世界の終わりの様な顔して泣いてるからもごもご――」
楓の口を手で塞いで言葉を止めた葵は、そのまま楓を連れ去る様に教室から出て行ってしまった。嵐の様に過ぎ去ってしまった二人に凛は席に座ったまま唖然としていた。
(葵が泣いちゃったって……そんな訳……)
葵は照れ屋ではあるが泣き虫ではない。寧ろ凛の方が泣き虫だ。だから一日会えなかっただけで泣くとは想像が出来なくて。でもそれが事実だとしたら、それ程好かれているのだと思ってしまっていいのだろうか。頬の熱を抑える様に、頬杖を突きながら凛はぼんやりと黒板を見つめた。
その後HRが始まる直前に教室へ戻って来た葵と楓。凛の席からは耳が真っ赤になっている葵が確認出来て、楓は何をしたのだろうなんて疑問に思いながら授業が始まる。途中でスマホに通知が来て、ポケットからこっそり出して通知を確認する。葵から『もう風邪引かないでね?』なんてメッセージが入っていて、やっぱり葵は可愛いななんて思いながら、気分よく授業を受けて行くのであった。
<六話へ続く>
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