【三章】サンタクロースからの贈り物
歩いても歩いても駅前に辿り着けない。スマホでマップを見ても現在地と駅は離れている。地図を見るのが苦手な凛は今居る場所から右に行けばいいのか左に行けばいいのか、それすらも判らないまま歩いていた。
「……っ」
休日でありクリスマス前の渋谷は人で溢れている。通行人にぶつかってよろけた凛は、もう一度地図を見ようと道の端に寄ってスマホのマップを開く。先程より幾分か駅は近くなった気がする。離れる前はまだ太陽光で明るかったのに、夕日に染まる街はあと数時間でイルミネーションの光で染まるだろう。
(このままじゃ家にも帰れない……)
駅へ行けなければ電車に乗れない。そうすると家へ帰れない事に凛の気持ちも暗くなっていく。葵の隣に居たまま苦しんでいた方がまだ良かった。困った時にいつも手を引っ張ってくれる葵が隣に居ない。それだけで凛は不安で泣きそうになる。いつも前向きな葵の様に何度も前を向く事は凛には出来ず、俯いて涙が零れそうになるのを必死で堪えていた。
「サンタクロース見つけた」
ふわり、と後ろから抱きしめられた。驚いて、嬉しくて、涙が零れてしまった。背中にあったその温もりは、目の前に来て、逃げられない様に肩を掴まれた。
「僕ね欲しい物があるんだ」
真剣な眼差しは、凛の大好きな
「好きな人の、笑顔が見たい」
ドキリ、と何かが心に触れる音がした。驚いて涙は止まってしまう。
「その人の名前は――」
耳元で囁かれたのは自分の名前。離れて行った葵のその
*
「お兄さん?」
少しして落ち着いてから二人はそれぞれ事情を話し合った。葵が通話していたのは兄だった。社会人として会社に勤めている兄は仕事のストレスで倒れてしまったらしい。普段から定期的に連絡を取ってはいるが、少し緊急だったのでその報告だった。倒れてしまったけど安静にしていれば大丈夫らしい。だから心配はいらないとの事だったが、それでも兄の事は心配なのだ。
「え、でも、お兄さんの所に行かなくていいの?」
「今度お見舞いには行こうと思ってる。まあ彼女さんがずっと見てくれるって言ってたから大丈夫だよ」
「そっか……」
「タイミングは最悪だったけどね……」
なんて溜息を吐いた葵。折角の楽しい気分が台無しだ。でも急に電話して来るなんて余程の事だと思って出たらそんな事になっていて、勘違いした凛は迷子になってしまうし。お見舞いに行った時には覚悟しておいて欲しいななんて思った後、凛の方へ視線を向ける。キラキラと凛の瞳の中にライトが照らされていた。
「あ、もうこんな時間なんだ。イルミネーション見に行こうか? 足とか痛くはない?」
「だいじょうぶ!」
辺りを見渡して、すっかり暗くなっていた事に漸く葵は気付いた。葵の心配する声に元気な声と満面の笑みで答えて、凛は葵の手を握った。今度は絶対に離さない。はぐれない様に近くに寄りながら、イルミネーションで彩られる街中を歩いて行った。
色取り取りのライトで街中が照らされている。夜なのに眩しいと思う程の光が綺麗で、凛はキョロキョロとイルミネーションを見ながら葵の隣を歩いていた。
「凛」
繋いでいた手を引っ張られて、凛は立ち止まる。手が離されて冷たいななんて思っていたら、目の前に差し出されたのはプレゼント用に梱包された箱だ。凛はその箱をじっと見つめる。
「誕生日おめでとう」
大きく目を見開いて、だけど何度も瞬きをしながら、凛は葵が持っている箱と葵の顔を交互に見た。今葵は何と言ってプレゼントを渡しているのだろう。
「今日誕生日だよね……?」
「え! あ、うん、そうだけど……」
「楓から聞いてたんだ」
いつの間に楓は葵に誕生日を教えていたのだろう。案外女子二人も仲が良いのだ。どういう経緯で知ったのかは判らないけれども、今日が凛の誕生日だと知っていて一日過ごしてくれていた。プレゼントを渡すのに様子を伺っていたと想像が出来て、凛は少しだけ特別な様な気がして、両手でプレゼントを受け取って嬉しそうに微笑んだ。両掌に乗る位の小さな箱には何が入っているのだろう。楓が凛の事を思って髪留めをくれた様に、葵も凛の事を思ってこのプレゼントを選んでくれたのだろう。それだけで、凛は嬉しかった。
「ありがとう。大切にするね!」
満面の笑みを葵に向けた。視線のその先で、目を大きく開けて頬が染まって行くのが判った。葵が照れている
「ねえ凛……一つ聞いてもいい?」
「なに?」
照れながら問う葵に凛は首を傾げる。緊張した素振りで少し間を置いてから、葵は口を開いた。
「どうして今日、僕を誘ってくれたの?」
その問いに凛は胸の中で何かが弾ける音が聞こえた気がした。顔を真っ赤にしながら凛は葵を見つめる。そこにはやはり、緊張しながら頬を染めて視線を合わせる葵がいた。凛は何と答えればいいのか判らなくなってしまって、イルミネーションに照らされる葵の顔をずっと見続ける事しか出来なかった。
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