第20話 4 魔術を望まぬ魔術師
開けた場所に戻ってくると、エレナはすでに自由になっていた。ファイは座ったまま、木に寄りかかっていた。体の左側に針が刺さっていて、それを抜こうとしていなかった。
「二人とも、無事か」
「見ての通り。ま、ボクは少し負傷してるけど。……ナイト君も怪我してるね」
「魔術を使って、少しだけ暴発した」
ルーベニックを地面に寝かせた後、止血を簡単に行った。さっきまで血を流したままだったが、傷は深くないので放置していた。
神器を模写するという魔術を使ったための代償だった。武器を創るという魔術に、神器の要素を含めた概念を構築式に取り込んで使った魔術。神器を完全に理解できていなかったので、暴発した結果傷を負った。
「……ねぇ、どうしてルーベニックから魔術の反応がしないの?」
「魔術師じゃなくなったからだ」
美也は隠すことなく言った。魔術刻印があった右手を見ればわかってしまうからだ。
「エレナ。そんな確認より、ナイト君に言うことがあるだろう?」
「あっ……。助けに来て下さり、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「で、この後どうする?事件が表沙汰になるのはできるなら避けたい」
「あんた等の学校の生徒が襲われた事件が表沙汰になってるから今さらだが……。ルーベニックの方はどうにかする。ローマは関わらなかったっていう風にする」
美也たちならそれぐらいどうにかできる。日本の中でだけだが、権力をそれなりに持っている。今回の事件で被害者と呼べる人物は美也たちとファイぐらいだ。一般人に被害がない分、隠すことは容易い。
「それと、この後すぐのことも。ルーベニックとボクが倒した男をどうするか」
「それも大丈夫だ。もうすぐ飛鳥が来る。銀行を襲撃した方も片が着いたらしい」
携帯電話を確認すると、飛鳥からメールが来ていた。こっちが終わったからそっちに向かう、とだけ書いたメール。
「場所、わかるの?」
「あいつの系統魔術、魔術探知だから。メールも結構前に来てるし」
「……それ、ルーベニックの使っていた弓だよね?」
「ああ、アッキヌフォートだ」
木製の白い弓。武器として優秀な神器。イギリス国魔術結社が管理していたもの。エデンへ繋がる鍵ではない神器。
「その弓、どうするのですか?」
「本来、組織に返さないといけないだろうな」
「イギリスの神器だから、そうだろうね」
「……夏目さん、貸しができてしまいましたね」
「ボクもだね」
二人からそんなことを言われたが、ローマに手を貸している時点で貸しなどできてしまっている。そもそも巻き込んだのはイギリス側だ。
「いつか返してもらえばいいさ。本来なら、イギリスのオレがあんた等に貸しを返さないといけねぇんだろうけど……」
「助けてもらったのはボクたちだ。それに組織の意向に沿って君は動いているわけじゃないだろう?」
「……それはそうだな」
それから三十分ほど経って、三台の車がやってきた。降りてきたのはローマの魔術師たちと亜希、それに飛鳥だった。
「エレナ!無事で良かった!」
亜希は降りるなりエレナに抱き着いていた。エレナも苦笑しながら抱き返していた。ファイの周りにも魔術師たちが集まり、笑い合っていた。
「宗谷。警察を呼ぶ。もちろん全て秘密裏に済ませる」
「ああ、任せた」
「それで……アッキヌフォートを渡してくれ。俺がイギリスに送る」
「……今回、この神器が盗まれた原因は組織の管理不足だろ?で、また信用ない組織に渡すのか?」
素直に渡さない美也の態度が気に喰わなかったのか、飛鳥はムッとした。だが、美也の態度に何かを感じたのか、急に表情が青ざめた。
「まさか、ローマに渡す気か⁉」
「ま、これをやってもいいぐらいのことをイギリスはしてるよな」
「ふざけるなよ!神器がどれだけのものかわかってんのか⁉エデンへの手がかりかもしれないのに……!」
「お前、幽霊って信じてる?」
突然の質問に、飛鳥は抗議の言葉を失った。二人のやり取りを、ローマの魔術師たちも見守っていた。
「心霊現象は?宇宙人は?タイムマシンは?並行世界は?」
「い、いきなりなんだよ……?」
「そういうものをお前は信じてるのかって聞いてんだよ」
「……信じてない。経験したことも、見たこともない」
「なら、エデンは?」
飛鳥はすぐに答えなかったが、答えはわかりきっている。見たこともなければ、行ったこともない。それは組織に所属する魔術師全員が知っている常識だ。
刀の解放序文でエデンを示唆するような言葉があるのにもかかわらず、美也たちですらエデンの存在を信じていない。楽園喪失物語を知っていれば、内容にもうなずけるからだ。その楽園喪失物語を絵空事と思っているからこそ、美也たちは信じない。
「そんな妄想を駆り立てるだけのものなら、壊した方がいいだろ?」
「なっ!待て!」
美也は右手に持っていたアッキヌフォートを上へ軽く投げ、左手で持っていた刀で一刀両断にした。二つに斬れた弓は、地面に落ちると無に帰すかのように光の粒子になって消えていった。
その場にいる亜希を除いた全員が唖然としている中、美也は何事もなかったかのように刀を納め、小さくしてポケットにしまった。
「じゃあ、後始末頼む。ファイ、さっき言ってた貸し、今返してくれるか?」
「どうやって?」
「車に乗せてくれ。それで家まで運んでくれればいい。ここから歩いて帰ったら疲れるし、魔術使うのも面倒だ」
「……そんなことでいいのかい?」
「オレが良いって言ってるんだから、良いんだよ」
正直、美也たちは貸し借りということが好きじゃない。覚えているのも面倒だというのと、宗谷と美也どちらと約束したのか、相手がわからないからだ。
「あんたはまず傷を治さないといけないだろ?オレみたいなガキに貸しを作ってる場合じゃねぇよ」
「……そうかもね。エレナと桜ヶ丘さんも帰りなさい。ここにいる必要はないから」
「ファイ先生は病院に行きましょう。私が運転しますから」
一台の車の運転席にメイアーが乗り込み、助手席にファイが乗った。後部座席に運転席側から美也たち、亜希、エレナが乗った。
車はすぐに発進し、街中まで行くことになったが、まずは病院に行くことになった。ファイは止血こそしているが、体に針が刺さったままなのだ。
行く病院は美也たちが桜ヶ丘昌也に会った場所。あの病院もローマ正教が運営しているということで、事件のことは隠し通せるということだ。
「エレナやファイ先生が夏目さんに貸しがあるなら、私も貸しだね」
「亜希は別にいいんじゃないか?お前は巻き込まれた方だろ?」
「でも……。皆を助けてくれたのは事実だから」
それは協力すると決めた時点で被害者を減らすことを心掛けてきた。それで自分以外の被害者が出たことで、目標としては達成できなかった。
それに、二人とも貸し借りは苦手で、嫌いだ。だが、亜希は引き下がらなそうだったので諦めた。
「わかったわかった。面倒だから、貸しにしとく。いつか返してくれ」
「はい。いつか返します」
(……面倒だなぁ。返さなくていいし、忘れるんじゃねぇの……?)
(―日本人は礼儀を大事にするっていうけど、実際人によるよな)
美也たちは混血という半端者だ。髪や瞳の色はイギリス系、顔立ちは日本系だ。内面はどうなのかわからない。生活環境で変わってしまう。魔術師として生きてきたことで、人格形成はずいぶん変わってしまっている。
それに美也はもう一人の宗谷でしかない。その自覚から、宗谷と似ている部分もあれば似ていない部分もあるのだ。
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