20話 世界を騙しても叶えたいもの
だから後援をしていただいても、魔王退治に行かない以上、丸損になります。
しない方が賢明です。
キリコはそう続けるものだと思った。
そういうヤツだからだ。
あいつは外面を完璧に仕上げて、いかに綻びなく自分の作り上げたキャラクターを演じるかに注力する。
けれどほんのわずかでも作り上げたキャラクターをキャラクターだと気付かれると、気付いた相手を引き込んで仲間にしてしまおうと急速に動き出す特徴があった。
そうして仲間に引きずり込まれたのが高校生時代の俺だったのだ。
キリコは仲間に損をさせることを嫌う傾向もあったから、きっと、引き込もうとしているスルーズ王女殿下に損をさせないよう進言するものと、俺は予想したのだ。
けれど予想通りの言葉は放たれない。
その前に王女殿下が口を開いたからだ。
「では、後援者たりうるのは、わたくししかおりませんね」
これには俺もキリコも言葉を失った。
ほんのついさっき出会ったばっかりみたいな俺たちの茶番に付き合う覚悟だと、そういう意味の発言だった。
そして王女殿下は、今、御自身でなさった発言の意味がわからないほど馬鹿な子供ではないのだと、俺たちはすでに知っている。
さすがに俺は口を挟んだ。
「王女殿下、それは……」
「まさか後援を申し出たすべての人に、先ほどの話をするつもり?」
「いえ……けれど」
「あなたたちが
王女殿下は王女殿下で、ただの神殿嫌いではなく、なんらかの『神殿を嫌いになるような過去』があったようにうかがえた。
「聖女というのは、神話の化身、神殿がついに得た過去最高の巫女適性を持つ者、神代の聖女の真なる生まれ変わりとまで言われ、よほど神殿に傾倒した者なのではないかと、うとましく思っていましたが……」
それはなんていうか、キリコのキャラ作りが全部悪い気がする。
「神殿を出し抜こうというなら、わたくしの仲間です」
その時に浮かべた笑顔があんまりにも子供らしくて、こちらも思わず頬がゆるんだ。
『神殿嫌い』は、まだ十一歳にしては成熟したスルーズ王女殿下の、ほとんど初めて見せた子供っぽい感情に端を発するものに感じられたのだ。
「お嫌いなんですね、神殿……」
「わたくしの本当の父が大神官長なのです」
「!? えっ、あ、いや、それは……」
「これでお互いに、漏らしてはならない秘密を抱えましたね」
スルーズ王女殿下は笑った。
キリコはよくわからないような顔をしていた。
俺はどんどん胃が痛くなっていくのを感じた。
はからずも国の(間違いなく国王の急所にもなりそうな)トップシークレットを抱えてしまったのだ。
なんだこのノーガードの殴り合い……!?
小市民の俺には刺激が強すぎるんだけど!
「陛下はすなわち、わたくしの、おじということになりますね。……さて、話を戻しましょうか。わたくしは、勇者伝説を信じてはおりませんが、あなたたちになんらかの不思議な力があるのはわかりました。魔王を討伐はできなくとも、世界を変える力ではあるでしょう」
「……重圧が……」
「神殿のすべてを馬鹿馬鹿しく思っているわたくしは、勇者という存在が出てきてしまったことが本当につまらなくって、あなたにはずいぶんと突っかかってしまいましたが……」
そんな背景なのか……
俺、ほとんど、とばっちりじゃん……
「あなたたちが、神殿と神話を欺こうというなら、話は違います。あなたたちを応援するのに、なんの抵抗もありません。それに……」
王女殿下は俺を見て笑い、キリコを見て笑い、もう一回俺を見て笑った。
「世界をだましても叶えたい恋があるだなんて、素敵」
言われてみれば素敵なのだけれど、それは俺たちにはない考えかただった。
当事者の俺たちは『さっさと一緒になるために、山積する問題への対策を処理しなきゃな』という目的のために必死で、自分たちのやってることがそんなロマンチックにまとめられる事象であるとは、全然思っていなかったのである。
二人きりならば、たとえ神殿や世間に反対されようとも、どこかの山奥でひっそり暮らすルートもあるのだろう。
けれど子持ちの俺は文明圏からはぐれる気が全然なかった。
いくらかの赤ん坊やら子供やらの成長を見てきた俺は、子供の成長に『社会』の助力が絶対に必要であることをよく知っている。
子育ては二人きりではできないし、育った子供をいつまでも手許において、俺たちが死んだあと孤独にさせるわけにもいかない。
そのために『社会に認められること』はぜったいに必要不可欠だった。
俺たちは、社会に認められて、結ばれたいのだ。
それは祝福されたい以上に……それもないとは全然言えないが……将来を見据えての、ほとんど無意識のままの合意による決定だった。ロマンチックよりもシステマチックなのであった。
だからなんだ。
その……
いざそうやって美しい恋物語みたいにまとめられると、すごく、照れる。
俺はまともにキリコの顔を見れなくなった。
俺よりうぶなキリコだって、たぶん似た感じになっているだろう。
「すごく素敵なものを見せられている気がするわ」
十一歳の少女は嬉しげに言った。とどめを刺さないでほしかった。
俺は年長者としてこの緩み切った空気をなんとかして話をまとめる使命感を覚える。
「えーっと、とにかく。スルーズ王女殿下におかれましては……」
「そんなに畏まらないでって言ったでしょう。あなた……ああ、ごめんなさい。あなたの名前はなんだったかしら?」
「カイトです」
「では、カイト」
と王女殿下が俺の名前を呼んだ時に、なぜだかキリコがすごい顔になった。
「どうした」
思わず殿下との会話を途切らせて、聞いてしまう。
キリコはそこでようやく自分の表情がすごいことに気づいたらしい。
ハッとして、顔を背けて、目を泳がせて。
それからようやく、覚悟したように、でも覚悟しきれてはいないような小さな小さな声で、
「……私、まだ、あなたのことすんなり名前で呼べてないのに、王女殿下がすごくあっさりと呼んだから……」
絶句する俺。
ここで王女殿下から一言。
「わたくし、あなたのこと、大好きになってしまったわ」
その言葉、俺もまだハッキリ言えてないやつだ。
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