第32話 ルシフェという少女。

 クロードはユーリに従い、地下への階段を降りていった。

 彼は地下室の惨状を見てピクリと眉を動かしたが、それ以上の動揺は表に出さない。


「どう、調子は?」

「ああ、だいぶ落ち着いたよ」


 ユーリの問いかけにアデリーナが答える。


 少女たちの目には光が戻っている。

 まだまだ弱々しいが、それでも生きる希望が芽生えていた。


「さすがだね」

「まあね。だてに孤児院育ちじゃない」


 ぶっきらぼうに返事するアデリーナは、ロブリタに対する嫌悪感を隠しきれない。

 だが、言い切るだけあって、彼女の介抱は完璧であった。

 ユーリでも、クロードでも、こうは行かなかった。

 女性である彼女ならではだ。

 結果として、連れてきたのは正解だった。


 そんな中、クロードが口を開く。


「ユーリ様」

「ああ、気がついた?」


 彼の視線はひとりの少女に釘付けだ。

 目を閉じたまま動かない少女。

 傷はポーションで癒やされていたが、いまだ意識を取り戻していない。


「ルシフェ……」

「クロードもそう思う?」

「ですが……」


 彼は少女を見てユーリが発したのと同じ名をつぶやく。

 ただ、二人が知っている『ルシフェ』は少女ではない。

 顔つきは似ているが、共通点は赤い髪くらいだ。

 だが、二人とも確信めいたなにかを、少女から感じていた。


「なに、その子がどうかした?」


 アデリーナが疑問を発する。

 ユーリは問いには答えず、少女の側にかがみ込む。

 背を向けて、アデリーナの視界から少女を隠す。


 そして、少女の背中に手を回して、少女の身体を膝に乗せる。

 少女が意識を取り戻す気配はまったくない。


 ユーリは【虚空庫インベントリ】から一本のポーションを取り出す。


 紫色のポーションだ。

 クロードはユーリの意図を察した。

 自分でもそうするであろう。


 ユーリは少女の口にポーションを流し込む。

 こぼれないように慎重に飲ませていく。

 少女がポーションを飲み干して、しばらくすると彼女の身体に異変が訪れた。


 ユーリは少女の頭を撫で、予想通りの結果に頷く。


「クロードもおいで」


 彼も同じように少女の頭に触れ、大きく息を吐く。


「信じられません……」

「だが、この通りだ」


 二人が触った少女の頭。

 髪に隠れて見えないが、そこには二本の小さなツノが生えていた。

 人族にはない、頭部のツノ。


 それは――魔族の証だ。


 そして、少女はただの魔族ではない。


 ルシフェ――その名は魔王。前世での戦争相手であった魔族を統べる王だ。

 ユーリやクロードは彼女との決戦を前に記憶を失った。


 二人はアデリーナに聞こえぬよう、小声で話す。


「ルシフェなら、なにか知ってるかもね」

「…………」

「どうしたの、黙り込んで」

「いえ、あまりに衝撃が大き過ぎて……」

「あはは。クロードは真面目だなあ」


 動揺するクロードに向けて、ユーリは屈託のない笑顔を見せる。

 ユリウス帝がわずかに緩めた口元――それを何百倍にも大げさにしたのが彼女の笑みで、クロードをなによりも安心させる笑みだ。

 ユーリの笑みでクロードは平静を取り戻す。


「まあ、話はルシフェが起きてからだね。クロード運んで」


 クロードは頷くと、ユーリからルシフェを受け取り、抱え上げる。

 魔王とは思えない軽さだった。


「なあ、その子は?」

「ああ、知り合いみたいなものだよ」

「そうなのか?」

「彼女は私が連れて帰るね」

「あっ、ああ」

「じゃあ、後は任せていいかな? アデリーナが一人で無理なら手伝うけど?」


 自分の力量が試されている――アデリーナはそう感じた。

 そして、その期待にどうしても応えたいとも。


「ああ、もちろんだ。任せろ」


 胸を張って返事する。


「そうそう。ロブリタの方は片付けておいたから心配しなくて良いよ」

「助かる。こっちもここの子たちを連れて孤児院に戻るよ」

「なら、ひと段落したら、こっちから挨拶に行くね」

「ああ、待っている」


『――【転移サムウェア・ファー・ビヨンド】』


 アデリーナに別れを告げ、ユーリとクロードは眠ったままのルシフェを連れてクロードの家へと帰還した――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


お待たせしました。

完結まで毎日投稿します。

次回――『記憶を取り戻す。』


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