第58話 奴隷紋

 すべての事が発覚した人攫い集団。もちろん領主や前領主も真実を知った。まさか、自分の邸の執事が人攫い集団の頭だったとは夢にも思わなかった。その上、街を守る筈の衛兵もいた。邸のメイドもいた。どちらも執事が雇い入れた者達だった。こっちの手の内を知られているんだ。そりゃあ、捕まらない。

 頭だった執事は前領主が街で見つけて執事にした男だった。よく気のつく頭の良いやつだと気に入って雇い入れた男だ。その頃には既に人攫いを始めていて計画的に前領主へと近付いたらしい。まんまと利用されていた事になる。


「そんな……ワシがすべての元凶か……」


 と、前領主。娘の事だけでも落ち込んでいたのに追い討ちをかけられた状態になった。


「前領主の娘、今の奥方が煩くてウザくていつか遠くに売り飛ばしてやろうと思って人攫いをしていた。でも、娘までよく似た事を言う様になってあまりの酷さに我慢ならんかった! 街中の者があの母子には迷惑しているんだ! あんな令嬢、売り飛ばす方がみんな喜ぶさ!」


 それを聞いた前領主のじーさん。怒る元気も出ないらしく、ただただ項垂れていた。

 教育を間違えたんだ。親としての責任だ。


 今回、リヒト達が地下のアジトを制圧した事に因って、人攫い集団は壊滅状態になった。そして、地下のアジトにはハル以外にも攫われてきた子供達がいた。

 皆、無事に親元へ帰す事ができた。孤児が2人程いたが、領主邸で面倒を見るそうだ。


 そして、猫獣人のネコだ。リヒトに連れて来られ、いきなりミーレに風呂へ入れられていた。


「えぇッ!? 嘘!!」


 これは、ミーレの言葉だ。ミーレに隅々まで洗われて髪はフサフサでツヤツヤになり、綺麗な三毛模様が出ている。身体も綺麗になった。


「ハル、知っていたの?」

「え? 何がら?」

「リヒト様は?」

「あ? ミーレ、何だ?」

「だーかーら! ネコが女の子だって知っていたんですか!?」

「「えぇッ!?」」

「おんにゃのこ!?」

「女の子だったのか!」

 

 どうやら知らなかったらしい。2人共、鑑定したのではなかったのか?


「そら、男のフリしとかな身体売らされるやん」


 なるほど、もっともだ。賢い。


「いや、びっくりだわ!」

「りひと、しょりぇより奴隷の……」

「ああ、分かってるさ。ネコ、ちょっとこっち来い」


 ミーレに洗われて綺麗な服も着せてもらったネコ。ただし、男の子だと思っていたので服は男の子用だ。白いシンプルなタックシャツにミドル丈のハーフパンツをサスペンダーでとめている。それにハイソックスだ。見るからに可愛い男の子だ。

 リヒトがネコの袖を捲り上げると二の腕にくっきりと奴隷紋が刻まれていた。

 この、奴隷紋。奴隷商が奴隷を売る時に、主人を裏切る事ができない様にと刻む紋だ。ネコはこれがあるから頭の言う事をきくしかなかったんだ。裏切りや反抗も、逃げ出す事さえもできない。そう強制的に精神干渉されるものだ。


「こんなものがまだ使われているとはな。ヒューマンは本当にどうしようもねーな……」


 リヒトがネコの奴隷紋に向かって手をかざす。奴隷紋が反応して白い光が滲み出てきた。光が消えると奴隷紋も綺麗に消えていた。


「よし、これでお前は自由だ。もうやりたくない事をする必要はないんだ。嫌な事は嫌だと言っていい。お前がやりたい事をして生きていけるんだぞ」


 そう言ってリヒトはネコの頭をクシャクシャに撫でる。

 ネコは目を見開いていた。片方の手で奴隷紋があった腕を触っている。


「ネコちゃん、よかった」

「ハル……ごめんな。自分、ハルを攫ったんや。ホンマにごめんな」


 ポロポロと涙を流すネコ。


「らいじょうぶら。りひとがいりゅかりゃ」

「うにゃーーん! ごめーん! ごめんにゃー!!」


 ネコが床にペタンとお尻をつけて、声をあげて泣いた。ネコより小さなハルがヨシヨシと頭を撫でる。


「なんでやねーん! 自分の方が大っきいっちゅうねん! うにゃーーん!」


 これは、猫獣人特有の泣き方なのか? うにゃーんとはなんとも猫らしい。そして、可愛らしい。

 一頻り泣いて、ネコはリヒトに向かい合う。床に座って両手を前に着いている。


「自分、罰を受けなあかん」

「いや、奴隷だっただろ? お前の意思じゃない。強制的にやらされていたんだ、奴隷紋でな」

「そうやけど、罪は罪や。ハルを攫った罪は償わなあかんやん」

「んー、そう言うけどなぁ。俺達はこの国の人間じゃないからな」

「あ、そっか。エルフさんか」

「おう」

「なぁ、1つ聞くけどな。エルフの国ってエルフ以外は住んだらあかんの?」

「そんな事はないぞ。ただ、エルフは長命種だからな。他の種族がいてもエルフよりずっと先に寿命がくるんだよ。だから、自然といつの間にかエルフだけになるってやつだな」

「そうなん?」

「ああ、そうだぞ。今迄もヒューマンもいたし、獣人だっていたぞ。エルフとのハーフもいた」

「じゃあな兄さん! 頼む! 一生のお願いや! 自分を雇ってくれへんか?」

「アハハハ、だからネコ。お前初めて会った時に言っただろ? 俺達と来るかって聞いただろうが。あん時に、「うん」て言ってればもっと早く奴隷紋を消してやれたんだよ」

「え……!? ちょっと待って、意味分からんわ。あの時にもう奴隷紋があるって知っとったん?」

「ああ。なあ、ハル」

「ん」

「なんやてー!? なんでやねん! なんで分かるねん!」


 リヒトが自分の鑑定眼と、ハルの精霊眼を説明した。


「反則やわー! なんなん!? エルフって怖いわぁー! そんなん敵う訳ないやん!」

「アハハハ! どーだ! 兄さんの言う事を聞いておけば良かっただろ?」

「そんなんマジ知らんやん! 分からんやん! 言うてや! もっとハッキリと言うてや!」

「ネコちゃん、いい子いい子。よしよし」

「ハル! ハルは天使やー!!」


 ハルがネコのショートカットの髪の後頭部を頻りにナデナデしている。毛並みが気に入ったか? それとも、三毛模様か? そういえば、ナデナデしたいと言っていたな。

 しかし、なかなか賑やかな猫獣人だ。


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