第42話 伯爵令嬢にビックリ

「長老、ハルは別の世界に生まれていたのか……」

「陛下……ハルの耐性が高いのはその時の経験だ。実の両親からも迫害されていたそうだ。ジッと堪えていたのだろう」

「長老、俺達が保護したばかりの頃のハルは何も信じてなかった。常に警戒していた。今の様に周りに今日初めて会った人がいる中で、しかも人の腕の中で眠るなんて事はしない……いや、出来ない程警戒していた」

「本当に……ヒューマンはどの世界でも……」

「皇后、そうでないヒューマンもいる」

「陛下、でもエルフなら絶対に迫害なんてしませんわ」

「ああ、もちろんだ。こんなに可愛い子を……で、長老。どうするのだ? 実の曽孫なんだろう?」

「ああ、可愛い可愛い曽孫だな」

「長老、ハルを引き取るつもりですか?」

「リヒト。もちろんそうしたい気持ちはある。だがな、今のハルには家庭の、家族の温かみが必要だ。これから生きて行く上でハルの根本になる事だ。なのに、今のハルはそれを知らん。それは悲しい事だ。引き取りたいのは山々なんだが……ワシは今1人だからな、ハルに寂しい思いをさせてしまうだろう。だから、フォークス、リュミ、リヒト。お前達に委ねたい。ハルに教えてやってくれないか。無条件に信じられる存在がいるのだと、自分は愛されているのだとな」

「長老……当然です。ハルを任せてもらえるなら、我が子だと思い育て慈しみますとも!」

「ええ、もちろんですわ!」

「ハルはもう家族なんだよ。こいつは放っておけねーよ」

「そうか……有難い事だ。頼んだ。もちろんワシもちょくちょく会いに行くがな。なんせ、可愛い可愛い曽孫だからな! アハハハ!」

「私も会いに行くぞ!」

「陛下……」

「だって皇后、可愛いんだ!」

「そんな暇があるなら、フィーを躾けて下さいな!」

「あれはもう無理だ!」

「アハハハ! いや、陛下。あの皇子はあれでも優秀だからな! 信じられんが。アハハハ!」

「まあ、性格があれでなければなぁ……」

「陛下にそっくりじゃありませんか!」

「皇后! 私はあんなに酷くはないぞ!」


 よく似た親子だと思うが。皇帝とリヒトの父の兄弟もよく似ている。

 

「失礼致します。ヒューマンの女性が目を覚ましました」

「テージュ、俺が話を聞くよ。ルシカ」

「はい、リヒト様」

「リヒト様、お願いします」


 例のオークの集落の地下に囚われていた女性だ。リヒトとルシカが部屋を出て行った。


「陛下。で、どうします?」

「意識が戻ったのなら、ヒューマンの国に送り届けない訳にはいかんだろう」


 どうやらエルフにとってヒューマン族は厄介な事ばかりを起こす種族と見られている様だ。

 それでも、このまま放り出すのではなく国に送り届ける事を当然の様に選択する。それはエルフにとっては本当に当然の事なのだろう。

 ここは『ヘーネの大森林』の最奥なのだ。ヒューマンが、しかも女性が無事に大森林を抜け出す事は不可能だ。




 リヒトとルシカが女性のいる部屋に来ていた。ルシカが声をかける。


「大丈夫ですか? 話はできますか?」

「はい……あの……助けて頂いてありがとうございます。アリストク伯爵の娘、エレーヌ・アリストクと申します」


 女性は、ヒューマン族と獣人族の国『アンスティノス大公国』の伯爵令嬢だそうだ。

 ……と、まあ殊勝な態度はここまでだった。


「ここは何処なのですか!? 私は伯爵令嬢なのですよ! 私を家に帰しなさい!」


 まるで思い出したかの様に、不自然に態度が変わった。リヒトとルシカは呆然としている。


「失礼ね! 何を黙っているのです!? 返事しなさい!」


 ああ、もう関わりたくない……と、表情に……いや、全身から滲み出ている2人。


「君は自分のおかれた状況が分かっていないのか?」

「何ですって!? 伯爵令嬢の私に対してその物言いは何!? 失礼だわ!」


 呆れながらリヒトが聞くと、噛み付く勢いで言い放つ。たまらずルシカが言う。


「伯爵令嬢か何か知りませんが、このお方はこの国の皇族ですよ」

「それがどうしたのよ! 私は伯爵令嬢よ!」


 あー……オツムが弱いのか? て、表情の2人。

 当たり前だが、伯爵令嬢より皇族の方が立場は上だ。それさえも分からないのか?


「此処がどこだか分かっていますか?」

「知らないわよ! 何処よ!」

「此処は『エルヒューレ皇国』です。ヘーネの大森林の最奥です」

「エル……! ヘーネ……!!」


 どうやら少し現実を理解した様だが……


「そんな訳ないじゃない! 嘘言わないで!!」


 おっと〜、理解していなかったよ〜! ルシカがそれでも理解させようと話をする。


「あなたはオークの集落に囚われていたのですよ」

「分かっているわ! 街で人攫いに合って馬車に乗せられて、それからオークに襲われたのよ! そうだ! 私の侍女はどこ!?」

「生存者はあなただけでした」

「そんな……! あの侍女が人攫いに手引きをしていたのよ! お父様に言って罰してもらわなきゃならないのに! 1人で逃げたのね!」

「いえ、そうではなくですね。オークがヒューマンの女性に何をするのか知らないのですか?」

「何よ! 何をするのよ!」

「ですから……」


 ルシカが懇々と説明をする。オークはヒューマンの女性に対して何をするか。助け出されたのは令嬢だけで、他の者は全員殺されていたと。


「そんな筈ないわ! だって私は無事じゃない! あなた嘘ついているのね! まさか! 侍女の仲間なの!?」

「いえ、ですから……」


 またルシカが延々と説明する……


「そんな……! じゃあ、どうして私は無事だったのよ!」

「さあ、それは私達にも分かりません」

「やはりあなた達、侍女の仲間なのね! 私を騙そうとしているのね!」

「いえ、ですから……」


 またまたルシカが一から説明した……


「じゃあ、此処は一体どこなのよ!」


 また最初に戻ったぞ……!?

 ルシカが、またまたまた一から説明した。部屋の大きな窓から見える大森林を見させて説明し、リヒトは皇族だと説明し……

 小1時間は経っていただろうか。ベッドの上で土下座をする伯爵令嬢。『チーン』と音が聞こえてきそうだ。


「やっと、理解して頂けましたか?」

「大変、申し訳ありません……!」

「お分かり頂けたのなら良いのです」


 ルシカ、ご苦労だった。疲れが見えるぞ。何も説明していないリヒトまで疲れている。

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