第26話 街へ 2

 暫く走って馬車が止まった。


「もう着いた?」

「馬車止めよ。ここから少し歩くわ」


 イオスが馬車のドアを開けてくれる。


「俺も同行するから。ハル、抱っこしような」


 と、イオスに抱き上げられる。


「えー、おりぇありゅきたい」

「ハル、人が少なくなるまで抱っこで我慢してください。はぐれちゃいますからね」


 まあ、仕方ないさ。ちびっ子だからな。

 イオスに抱っこされて移動する。馬車止めと言うのは、馬車を預けるところらしい。何台も馬車が並んで止まっている。そこからほんの数分移動するだけで、賑やかになってきた。

 エルフの街って、こんなに賑やかなのか。と、ハルはキョロキョロしている。

 道の両側の木の上や、木と木の間に店があって水路もある。今歩いている道の両側には、食べ物の店が集まっているらしい。

 そのまま歩いて行くと、少し広場の様になっていて中央には噴水ではなく……大きな木が何本もある。その下にベンチが幾つも置いてあって、水路が流れている。

 広場では屋台の店もある。流石に串に刺した肉を焼いていたりする店はなく、果物や飲み物の店が中心だ。焼きたてパンも売っている。


「みーりぇ、みーりぇ、あの果物なに!?」

「食べてみる?」

「うん! 食べたい!」

「アハハハ、テンション急に上がったなー」


 ハルを抱っこしているイオスが笑っている。ミーレが果物を買って戻ってきた。


「ベンチに座りましょう」

「そうですね。イオス、あちらに」


 一行は木の下にあるベンチに座った。


「はい、ハル。どうぞ」

「みーりぇ、ありがちょ」


 ベンチにちょこんと座ったハルに、カップに入ったカットされた果物を手渡す。付いている小さなフォークで、ハルがあーんと口を開けてパクンと食べた。


「ん〜、んまい〜!」

「でしょう? これはヒューマンの街でも売っている桃なの。でもね、エルフの知識で改良を重ねてあるから味が全然違うのよ。甘さも、ジューシーさもね」


 へえ〜、凄いもんだ。と、ハルは夢中で食べている。


「りゅしか、こはりゅは駄目か?」

「そうですね、街中では無理ですね」

「ハル、亜空間に入れてあげれば?」

「みーりぇ、てんしゃい!」

 

 そんな事くらいで天才なのか。ハルはこっそり桃を一切れ亜空間に入れる。ハルの胸のところに顔を少しだけだしたコハル。


「ピルルル」


 小さく鳴いた。


「ハル、コハルは何て?」

「ありがちょ、て」

「ハル、ドーナツ買って帰りましょう。リヒト様が好きなお店があるのですよ」

「りゅしか、ドーナツか! おりぇもしゅき!」


 ハルは食べ終わったのか、ミーレにほっぺを拭かれている。


「ハル、歩くか? 手は繋がなきゃだけど」

「うん、いおしゅ」

「アハハハ、かぁわいいなぁー! 絶対に手を離したらダメだぞ」

「わかっちゃ!」


 ハルは自分の足で歩く。一歩ずつしっかりと。そのうち小走りになっていく。


「ハル、急がなくてもいいから」

「いおしゅ、早く!」


 ハルに手を引っ張られるイオス。イオスの顔が、眉も目尻も垂れまくりだ。


「りゅしか、ドーナツどこ?」

「向こうの通りですよ」


 ハルの両側をルシカとミーレとイオスでガードしている。ハルの手も絶対に離さないイオス。

 ハルがチラチラと見られている事に気付いている。もちろん、ヒューマンの様に攫ったりしようと言う事ではない。が、エルフは子供が可愛くて仕方ない。

 出来れば近くでよく見てみたい、喋ってみたい、撫でてみたい、抱っこしてみたい。

 が、知った子供ではないし、大人が3人も付いているから遠慮して遠巻きに見ているだけだ。それも、皆目尻の下がった微笑みを浮かべながら。見守るといった感じか。


 ルシカが1軒の店に入る。ハルもイオスとしっかり手を繋いで入る。その後ろにミーレだ。


「ハル、どれがいい?」


 ハルは小さくて見えないだろうとイオスが抱き上げてくれる。


「みーりぇ、こりぇ全部ドーナツ?」

「そうよ。沢山あるでしょう?」

「うん、しゅごいな」

「ハル、好きなの言ってください」


 ルシカが既にドーナツを何個もトレイに載せている。小さいトングの様なものでドーナツを挟んで取っている。

 パン屋さんのドーナツバージョンだ。いやいや、ミ◯タードーナツだ。


「こりぇ、木の実?」

「そうですね。取りますか?」

「ん、ありぇも。ありぇおりぇんじ入ってりゅのか?」

「オレンジではなくて、さっきの桃をドライフルーツにしたものですね」

「じゃ、そりぇもいいか?」

「ねえ、ルシカ。適当に多めに買っておいて。席でハルとケーキ食べてもいい?」

「ケーキ!」


 ハルがキラキラした目でルシカを見ている。


「仕方ないですね、じゃあ皆で食べていきますか」


 やった! と、ミーレと2人ちょっぴり手を叩いてしまったハル。ちょっと恥ずかしい……らしい。


「ハル、ほら席に行きましょう」


 ケーキを食べ、ジュースも飲んで、ドーナツを沢山買ってもらい、また街の中をウロウロして馬車に戻ってきた。

 ハルはイオスに抱っこされているが、ルシカとミーレは何個も紙袋を持っている。一体何を買ったのやら。


 馬車に乗るとハルがウトウトとし出した。初めての街で疲れたのだろう。


「あら、おネムね。ハル、もたれていいわよ」

「ん……みーりぇ……」


 ミーレに抱っこされ背中をトントンされると一発で撃沈だ。スヤスヤと寝息をたてだした。


「直ぐ着いてしまいますけどね」

「そうね……ねえ、ルシカ。ハルは最初の頃に比べると随分表情が豊かになったわよね」

「そうですね。あの頃は何も信じていないという感じでしたね」


 そう……こちらの世界に来たばかりのハルは警戒心の塊だった。前世の事があったからなのだが。

 ベースにいる間にエルフ達から可愛がられ、世話をやかれているうちに少しずつ解けていったのだろう。

 しかし……前世での20年間、心がすり減る程に溜め込んでいたハルの感情がそう簡単には解けない……かも知れない。

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