第3話 小さな戦い
「にゃ!」
「猫ちゃん!」
諭吉の蛇が連れてきた子猫は、ホワイトタイガーの子どもを手乗りサイズにしたような見た目だった。とっても可愛い!
私は諭吉の蛇から、子猫を受け取ろうとしたのだが……。
「シャーッ!!」
「えっ!」
子猫は全身の毛を逆立てて威嚇してきた。
「猫ちゃん、何もしないよ?」
「シャーッ!!」
優しく呼びかけるが、警戒を解いてくれない。
無理やり触るのも可哀想だし……どうしよう。
「奥村君なら大丈夫かな?」
「……やってみる」
今度は虎太郎がゆっくりと手を伸ばしながら、子猫に優しく話しかける。
「何もしないから、警戒しなくていいぞ」
「…………。シャーッ!!」
私よりも手を近づけることができたから、成功するのかと思いきや……ペシッと手を叩かれてしまった。
「……無理か。でも、肉球が可愛かった……」
「え~! いいな! 猫ちゃん、私にもペシッてして!」
「シャーッ!!」
手を伸ばすと私の手も叩いてくれたのだが、動きが速すぎて、私には肉球の感触が分からなかった。
「……っく! 肉球をゆっくり味わいたいよ~!」
「抱っこさせてくれたらいいんだけれど……この様子じゃだめだね」
どうしたものかと考えていると、芳三と諭吉が子猫に向かって叱り始めた。
「ぎゃ! ぎゃぎゃ!」
「ぐぉ! ぐぉぐぉ!」
なんだか孫に説教をしているおじいちゃんのようだが、二対一は良くないし、子猫には優しくしてあげて欲しい。
「こら、そんなに怒っちゃだめでしょう?」
「そうだぞ。とりあえず、下ろしてあげてくれ」
「ぎゃー」
「ぐぉー」
芳三と諭吉は納得いっていない様子だ。
でも、諭吉は虎太郎の言う通りに、子猫を地面に下ろそうとしたのだが……。
「にゃ!」
「ぐぇ!?」
子猫は巻き付いていた蛇に噛みつくと、拘束が緩んだ隙に飛び降りた。
華麗に着地した子猫の方は大丈夫そうだが、噛まれた諭吉の蛇の方が痛そうにしている。
影のようなのに痛覚があるんだ!? とびっくりした。
「諭吉、大丈夫か?」
「ぐぉぅ……」
諭吉が虎太郎に泣きつくように蛇の部分を見せている。
「あー……歯形がついている」
「え、どれ? ……あ、本当だ」
虎太郎が見ているところには、確かに小さな歯形が付いていた。
歯形も気になるけど……影みたいだと思っていた質感が、案外本物の蛇っぽくて私は少しゾワッとしてしまった。
「ぐぉ……」
私はこんな小さな怪我なのに、弱弱しい声を出す諭吉に苦笑いしながらも、回復の魔法をかけてやった。
「これで大丈夫。もうめそめそしないの」
「本体で大暴れしていた時は、僕の攻撃を受けていただろ?」
「ぐぉ……」
「ぎゃっぎゃ!」
しょんぼりする諭吉を見て、芳三が楽しそうに笑っている。
「にゃう……」
逃げずに近くにいた子猫が、こちらを見て寂し気な声で鳴いた。
「……猫ちゃん?」
「にゃにゃっ!!」
近寄ろうとすると、「ばか!」と言っているような一鳴きをして走り去って行った。
諭吉がわざわざ連れてきたのだから、あの子も守護獣かもしれない。
見失わない様に慌てて追いかけようとしたのだが…………いた。
先にある木に隠れて「追いかけて来ないの?」という様子でこちらを覗いている。
「奥村君! 私、あの子からツンデレの波動を感じる!」
「…………っ。ツンデレの波動……」
虎太郎がまた無表情で笑っているけれど、私は確かにツンデレの波動を感じたのだ。
素直になれないもどかしさが、さっきの「にゃにゃっ!!」に込められていたに違いない。
「あ、一色さん。誰か近づいて来ている」
子猫のツンデレ分析をしている私の隣で、虎太郎が警戒対象を発見したようだ。
「隠れた方がいいよね?」
「そうだね」
子猫は一緒に大人しく隠れてくれそうにないので、そっとしておいたまま私達は近くの岩場に隠れた。
「誰かが私達に気づいたのかな?」
「そうかもしれないし、ポータルを使おうとしているだけなのかも」
コソコソと話していると、人の話し声と足音が近づいてきた。
息を潜めながらこっそり覗いてみると、私達と同世代の若い男女二人組が見えた。
どことなく雰囲気が似ているから親族なのかもしれない。
二人とも白と黒を基調にした服を着ているが、雪が残っている山を登るには薄着に見える。
髪も綺麗な白で、所々黒でメッシュが入っている。
このビジュアル……。
私はまだ木の辺りにいる子猫に目を向けた。
「……二人の姿、ちょっとあの子猫っぽくない?」
「僕もそう思った。あの子が守護獣だとしたら、アリエンさんの村みたいに守護獣を大切にしている人達なのかもしれないね」
虎太郎の言葉に頷いていると、男の子がポータルの前に立った。
男の子の方はポータルで移動、女の子の方はお見送りなのだろうか。
あ、でも、芳三に止めて貰ったから使えない……。
二人がそれに気づいたら騒ぎになるかな?
そんなことを考えて、ドキドキしながら見守っていたのだが、男の子は移動……するのではなく、何故か力いっぱいポータルを押し始めた。
「?」
虎太郎と私は、顔を見合わせて首を傾げた。
なんのためにこんなことを……?
ポータルを動かそうとしているように見えるが、体が大きいわけでもないし、一人ではさすがに無理では?
私の予想通り、男の子は顔が赤くなるくらい全力で押しているが、ポータルは全く動かない。
近くにいる女の子は一生懸命応援しているが、二人は本気で動かそうと思っているのだろうか。
力自慢のためにこれをする風習でもあるのかな?
「もしかして、奥村君の記憶と位置が違うのは、ああやって押してきた人がいるとか?」
「あ、そうかもしれないね」
虎太郎が「なるほど!」という顔をしたので、私は少し嬉しくなった。
「芸人さんのネタであった『バス停を毎日少しずつずらして自宅の前へ』、みたいなことをしているのかな!?」
「…………っ。そう、かな? どうだろう……」
名推理かも! と思ったのだが、今度は虎太郎の「なるほど!」を貰えなかった。しょんぼり。
「……にゃ」
足元を見ると、いつの間にか子猫がいた。
私達が構わなくなったから、自分から近寄ってくれたのだろうか。
「寂しかったの? おいで」
「にゃっ、にゃ!」
しゃがんで手を出したのだが、また手を叩かれてしまった。
「あ、痛っ」
手を見ると、子猫の爪が当たってしまったのか少しかすり傷ができていた。
舐めれば治る様な大したことがない傷だ。
「一色さん、大丈夫?」
「うん、平気」
寂しかった? なんて聞いてしまったから、恥ずかしかったのだろうか。
私はほっこりしたのだが……。
「ぎゃ!」
私の腕にいた芳三が飛び降りると、怒った様子で子猫の尻尾をダンダンッと踏み始めてしまった。
それを見ている諭吉が、ポケットから身を乗り出して「もっとやれ!」とパンチをしている。
「にゃっ!? にゃー!!」
驚きと痛みで飛びあがった子猫だったが、芳三を見ると腹が立ったのか反撃に出た。
「にゃにゃにゃ!!」
「ぎゃーーっ!!」
「ぐぉ! ぐぉ!」
掴みかかってケンカをする子猫と芳三、そして煽る諭吉――。
とっても賑やか過ぎる!
私達、今身を潜めているのですが!?
「静かに! 落ち着いて」
「にや!」
虎太郎が子猫を捕まえてくれたので、私は芳三を捕まえた。
それでも三匹の興奮は収まらない。
「にゃーー!!」
「ぎゃーー!!」
「ぐぉっぐぉっ!」
「お願いだから、騒がないで! 見つかっちゃ――」
「そこにいるのは誰だ」
ピリッとした少年の声が私達に向かって飛んできた。
虎太郎と私は固まったあと、「はあ……」とため息をついた。
ほら! 見つかっちゃったじゃない!
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