やがて蝶は大空を舞う 2
第二章 暗闇
ぼんやりと目を覚ますと、揚羽は学校の保健室で寝ていた。
「揚羽!良かった、目を覚ましたのね!」
揚羽が目を覚まして最初に飛び込んできた顔は両親の安堵した顔だった。あの後、叫び声を聞いた先生たちが「何事だ!」と見に来たらしい。そして、意識を失っている揚羽を保健室へ運び、藤木たちに何があったか問いただしたそうだ。そして、揚羽の家に電話を入れて今に至るということだった。
揚羽は、「なにがあったんだっけ?」と頭で整理して、そして、髪の毛がズタズタに切られたことを思い出した。揚羽は勢いよく起き上がると自分の手で髪を触った。そして、ズタズタに切られたのが現実だと分かると、静かに涙を流した。そんな揚羽を見て、両親は何も言えなかった。揚羽があの長い髪をどれだけ大切にしていたか知っていたからだ。
「お家・・・・・・帰る・・・・・・」
揚羽はポツリとそう呟いた。両親は先生に帰る旨を伝えると、揚羽たちは学校を後にした。帰りの車の中で、揚羽は一言も喋らなかった。ただ、光を宿していない暗い目で窓から流れゆく景色を見つめていた。家の着くと、揚羽はふらふらしながら部屋に行き、そして、部屋の鍵を掛けた。
この日を境に揚羽は引きこもりをするようになった・・・・・・。
***
揚羽が引きこもって数日が経った。カーテンはずっと閉め切り、光を入れないようにしていた。一日のほとんどをベッドの上で過ごした。瞳はどんよりと薄暗く、顔は蝋人形のよううな、そんな状態だった。そんな揚羽とどう接していいか分からない両親は、戸惑いを隠せずにいた。どこか病院に連れて行った方がいいかもと思い、揚羽を部屋から連れ出して、病院に行こうとしたが、揚羽は「こんな姿を晒したくない」と言い、病院に行く事が出来なかった。
その頃、学校では藤木たちが揚羽にした行動に関して話し合われていた。校長、教頭、それぞれの担任、藤木たちの両親、そして、今回のことをしでかした藤木たち張本人を加えての話し合いだった。まずは教頭が口を開いた。
「えー、それでは今回学校内で起こった事案に関して藤木さんたちの処分を伝えたいと思います。校長、よろしくお願いします」
教頭の言葉に、校長は咳払いをすると重々しく口を開いた。
「今回の件ですが、事を起こした藤木さんたちの話によりますと、言うことを聞かなくて、気に入らなかったからということから、寺川さんの髪を切り刻んだということです。そして、寺川さんは髪を切られたショックで、心を病み、あの日からずっと休学状態です。すなわち、今回の行為は一人の生徒の人生を狂わせた、あまりにも身勝手で軽率な行動だと言えるでしょう。よって、藤木、河地、本村、この三名には退学処分を言い渡します」
この学校側の判決に誰も反対はなさそうだった。と、思っていた時だった。
「・・・・・・待ってください!」
そう声を上げたのは本村だった。
「私と河地は、それはやり過ぎじゃないかと言いました!でも、藤木は私たちの言葉を聞いてくれませんでした!私たちは藤木に大人しく従っただけです!だから、私たちには寛大な処分をお願いします!」
本村の言葉に、河地も「そうなんです!」と、強く主張した。それを聞いた藤木が声を発した。
「お前ら、裏切る気か!?寺川にパシリさせていた時、お前らも喜んで参加していただろ!この期に及んで自分たちだけ助かろうとしんてんじゃないよ!」
藤木たちが揉めて仲間割れを始めたので、校長が一言強く言った。
「静かに!!」
あまりの迫力のあるどすの利いた声に、藤木たちは揉めるのをやめた。そして、校長が再度口を開いた。
「今回の件も今までの件も、連帯責任だ。三人に退学処分を申し渡す。何か、まだ異論はあるかな?」
迫力のある校長の言葉にその場にいる皆が今回の件に関しての処分に賛成した。河地と本村は不服そうな表情をしたが渋々、その処分を受け入れた。
学校では三人の女子生徒がある女子生徒の髪をズタズタに切った、というのでしばらくその話題で持ちきりになっていた。当然、揚羽の友達の耳にも入った。揚羽の部活仲間でもある友達たちは藤木たちのした行為に怒りを隠せずにいた。一緒にそこにいたサッカー部の男子たちと怒りをぶつけあっていた。
「藤木さんたち、絶対許さない!揚羽ちゃんにあんな酷いことするなんて!!」
「あの三人、退学にはなったみたいだけど、それで許されるの?揚羽ちゃん、頑張り屋さんで、発表会に向けてあんなに頑張って練習していたのに!!」
「ああ、寺川さん、いろんな子に気遣いできて、どの子にも優しいのに・・・・・・」
「先生が言っていたみたいだけどさ、たまに開く養護教室に来ている子が、寺川さんがいなくなってみんな心配しているって話していたよ。いつになったら戻ってくるの?って、言ってみんな寂しそうにしているみたいだった・・・・・・」
みんな、許さないという怒りで話していた。藤木たちの処分にも不満があったりしていて、話は揚羽の心配と藤木たちに対する憎しみで溢れていた。そこへ、一人の女子生徒が一つの提案をした。
「ねえ、今度の土曜日にみんなで揚羽ちゃんのお見舞いに行こうよ。元気出してもらえるようなお見舞い品を持って!どうかな?」
揚羽と同じ部活の友達がそう提案すると、「それがいい」ということになって、みんなで揚羽のお見舞いに行くことになった。揚羽の好きなケーキと紅茶の詰め合わせを買って、揚羽の家に行く予定を立てた。
その頃、電話が突然繋がらなくなったことに心配した愛理が揚羽の家を訪ねていた。
「お見舞いありがとうね、愛理ちゃん。でも、あの子が誰にも会いたくないって言うのよ。せっかく愛理ちゃんが心配してわざわざ来てくれたのにごめんなさいね・・・・・・」
「大丈夫です、おばさん。それにしても、そんな酷いことをするなんて・・・・・・」
「先生からのお電話では、揚羽に危害を加えた三人は退学になったみたいよ。でも、それであの子の心が晴れるわけじゃないわ。それに、危害を加えた子たちの話だと、揚羽の髪を切ったらいいって言ったのは名前も知らない女の子らしいわ・・・・・・。いったいどこの誰がそんなこと言ったのかしら・・・・・・。考えただけで腹立たしいわ・・・・・・」
「おばさん・・・・・・」
愛理は何も言えずにいた。いったい誰がそんなことを言ったのか。想像がつかないことだった。母親は怒りと悲しみからか、表情は苦しさで満ち溢れていた。ふと、そんな表情をしているのに気付いたのか、母親が言葉を発した。
「あら、私ったら・・・・・・。愛理ちゃんが来ているのに・・・・・・。あ、そういえば妹さんは元気にしている?」
母親はこれ以上その話が辛かったのだろうか・・・・・・。急に話題を変えた。
「ええ、元気にしていますよ。父親が引き取ったので詳しいことは分かりませんが、たまに電話で話をすると、大丈夫って言っていました」
「そう、なら良かったわ・・・・・・」
そんな会話をしていたら、時間が遅くなり愛理は帰っていった。結局、愛理がお邪魔している間、揚羽は一歩も部屋からは出てこなかった。愛理の中で、もしかしたら少しでも会えるかもしれないという願いは叶わなかった。
その頃揚羽は、ベッドの上で体をうずくませながら暗闇の中でうつろな目を泳がせていた。母親から愛理が来ているのは知っていたが、揚羽は会う気になれず、ただひたすらベッドの上でうずくまっていた。
「何もかもから逃げ出せればいいのに・・・・・・」
そうぽつりと呟き、ベッドから出て、ヘアケアで使っていたオイルをぼんやりと眺めていた。そして、あふれ出てくる涙を止めることをせずに、ひたすら涙を流し続けた。声に出さず、ただただ静かに涙が枯れるんじゃないかと思うくらい、長い時間涙を流した。そして、いつの間にか泣き疲れたのか、そのまま意識が深い闇の中に落ちていった・・・・・・。
土曜日になり、揚羽の学校の友達たちが、揚羽のお気に入りのスィーツ店に寄って、揚羽の好きなティラミスを買い、揚羽の家にお邪魔してきた。しかし、やはり揚羽は会いたくないの一点張りだった。母親がとりあえず上がってもらうように勧めたが、友達たちは「いえ、また来ますね」と言って帰っていった。帰り道、揚羽の友達たちの表情は暗かった。
「やっぱり、相当ショックだったのね・・・・・・」
「揚羽ちゃん、あの長い髪、いつも綺麗にしていたもんね・・・・・・」
「お見舞いに行けば元気になって・・・・・・とか思ったけど、そんな単純な事じゃなかったのね・・・・・・」
「元気になってくれるといいね・・・・・・」
そうやって、暗い顔でみんなでとぼとぼ歩いていたら、山中とその友達に会った。山中とその友達はその暗い表情に驚いたが手に持っているものを見て、揚羽のお見舞いに行ったのだと分かり、すぐに言葉を発せずにいた。
「・・・・・・寺川に会えなかったみたいだな」
山中がなんとか言葉を絞り出したが、それ以上は何も言えなかった。その様子を見て山中の友達が言葉を発した。
「ねえ、これはあくまで僕の提案なんだけど・・・・・・」
その頃、藤木は高校を退学させられたことを親に責められていた。親にぼこぼこに殴られて、痛みでまともに動けずにいた。
「このバカ娘が!何のために高校まで行かせてやったと思うんだ!高校さえ出てればそれなりに就職の枠が増える!少しでも良いところに就職して私たちの面倒を見てもらおうと思ったのに、これでは本末転倒だよ!気に入らない女子生徒の髪をボロボロにしたんだってな。なら・・・・・・」
父親はそう言うと、バリカンを取り出し、藤木の髪を剃り始めた。
「やめて!やめてよ!!」
藤木はそういったが、体は痛みでまともに動かなかった。父親は手を止めずにひたすら髪を剃った。バリカンの音が止まった時には、藤木の髪の毛はすべて刈られて坊主頭にされていた。自慢のパーマの跡形もなくなり、藤木はその場に泣き崩れた。
周りではそんな状況になっていることを知らない揚羽はうつろな目で机の上のパソコンに向かってブツブツと呟きながら打っていた。
『誰か私を助けて・・・・・・』
無意識にそう打って適当にアドレスを打って送信ボタンを押した。そこまでしてから、揚羽は少しだけ我に返り、「何やっているんだろう・・・・・・」と、小さくつぶやいた。こんなことして何の意味もないことは分かっていたが、何もせずにもいられなかった。揚羽はベッドに戻ろうとのろのろと体を立ち上がらせようとした時だった。
・・・・・・ピコン!
メールを受信したときの音が鳴った。揚羽は「なんだろう?」と、パソコンの受信ボックスを開くと、そのメールのタイトルにはこう書かれてあった。
『大丈夫?』
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