クリぼっちと赤服おじさんのクリスマス狂騒曲

輝響 ライト

12月22日

 突然だがクリスマスという行事をご存じだろうか。

 町中にカップルが大量発生するイベントで、人は浮かれて賑やかになる。

 別に彼女がいないから恨めしいとかそう言う事ではなく、ただ分からなかった。

 クリスマスはキリスト教の文化だろ、なんで日本でこんなに浮かれてるんだよ。


 そんなこんなで意味のない文句を吐き捨てながら俺はバイト先に向かっていた。

 なぜ俺がこんなことを考えているのか、その理由が……


白雪しらゆき君、突然で悪いけどシフト変わってくれる?』

「いいですけど遠藤えんどう先輩、何か用事でも?」

『クリスマス直前だろ? 彼女とデートを……』

「やっぱり変わらなくていいですか?」


 と、高校の先輩である遠藤隼人はやとに突如シフトを押し付けられ、コタツから追い出されたからである。

 大体なんで当日じゃないんだよ、クリスマスイブは二日後なんだよ。


「……はぁ」


 断じて彼女がいる事が恨めしい訳ではない。

 ただ一人の時間を満喫したいおひとり様である俺の、至高であり癒しのコタツタイムが邪魔されたからである。


「今度絶対奢ってもらおう」


 公園に設置された時計を見ると十七時二十分、変わることになったシフトまで残り10分。

 歩いていける距離にホワイトなバイト先があって助かった、そう思いながら横断歩道に足を踏み入れたその瞬間。


「――」


 ものすごい衝撃と共に体がもみくちゃになった。



  ◇    ◇    ◇



「だ、大丈夫かの?」


 目が覚めると不思議な空間、真っ白い世界に白い髭を生やした赤服のおじさんが立っていた。


「ここは……」

「ちょっとした夢の中じゃ、目が覚めればすぐに忘れるじゃろう」

「夢?」

「巻き込んでしまったので元に戻ってもらうために忘れさせるのじゃ」


 巻き込む? 何に?

 言ってることは分からなかったが、なんだか妙な納得感があった。


「では、よいクリスマスを……ほっほっほ」


 そうして、俺の意識はゆっくりと沈んで行った。



  ◇    ◇    ◇



「ん……俺、寝て……」


 コタツに入っていつの間にか寝ていたようだ。

 時間を確認しようとスマホを手に取ると、ちょうど連絡が届く。


『今日のシフトよろしくな!』


 バイト先の先輩である遠藤先輩からの連絡、そういえば今日は十七時半からバイトを変わるように言われていた。


「今は……十七時ニ十分……え?」


 ここからバイト先までは急いでも十分かかる、支度の時間を考えればもっとだろう。

 それが意味するのは……


「やばい遅れる!」


 過去最速でコタツから這い出た俺は、部屋着から着替え寒い夜の下を歩くためのロングコートを羽織る。

 荷物を急いで鞄に詰めて外に出て鍵を閉め、一人暮らしのアパートの階段を急ぎ足で下る。


 出来る限り走って店長に謝ろう……そう思い力強く地面を踏んだその時だった。


「……は?」


 視界が目まぐるしく変わり、ピタッと止まったと思ったら、俺はバイト先であるレストランの目の前に立っていた。

 辺りを見回すと店の前の商店街がイルミネーションで飾られて綺麗に光っており、人々の喧噪が聞こえてくる。


「一体何が……」


 鞄から取り出したスマホの画面はちょうど十七時二十五分になったところだった。

 急いで着替えたり支度をするだけも五分はかかっていたはず、直前の記憶は家の前だし……ワープ?


「あの~そこに居られるとお店に入られるお客様が……って刹那せつな君じゃない」

「あ、春香はるかさん……すみません」


 店の扉から出てきたのは店長の奥さんである春香さんだった。


「シフト変わるって連絡来てたよ、こっちじゃなくて裏口からお願いね」

「はい」


 さっさと裏口へと急ぎ、従業員のスペースで制服に着替えてタイムカードを押す。


「白雪刹那……これだな」


 ホールへ向かうと、店内の時計はちょうど十七時半を指していた。


「なんだったんだろう……」

「お、来た来た。今日もよろしくね、刹那君」

「よろしくです」


 まぁ、間に合ったからいいか……なんてことを考えながら、俺は接客を開始した。


 ◇   ◇   ◇


「お疲れ様、刹那せつな君」

春香はるかさんもお疲れ様です」


 閉店時間の22時、仕事を終え着替えを済ませ、店を出ようとする前に春香さんに声をかけられた。


「刹那君はクリスマス、予定とかあるの?」

「だらだらと休暇を満喫する予定ですよ」


 決して遊ぶ相手がいないのではない、一人の時間が落ち着くのだ。


「まぁ、刹那君はあんまり交友関係広くないって隼人はやと君が言ってたし……」

遠藤えんどう先輩が?」

「うん、ちょっかいかけようとクラスを覗きに行くと、いつも本読んでるって」

「あの人は……」


 たびたびクラスの女子たちが、ドアの方でキャーキャー黄色い歓声を上げていたのはそう言う事だったのか。

 というかなんでわざわざ俺にちょっかいをかけに来ようとするのか。


「ただ、面倒事が嫌いなだけですよ」

「刹那君、面倒見いいものね~」

「頼まれたら断れないだけです」

「……そういう所が面倒見がいいって言うのよ?」


 まさか? そんなことは無いと思う。

 首を振ると呆れた様な視線を向けられた。

 ……そんなことは無いと思うんだけどなぁ。


「時間も時間なのでそろそろ失礼しますね」

「あら、引き留めちゃってごめんなさいね」

「メリークリスマス、よいお年を……店長にも伝えておいてください」

「えぇ、わかったわ。メリークリスマス、また正月明けにね」


 店を出て、帰路につく。

 今年も店長達は年末年始の旅行に出かけるそうで、クリスマスイブから正月までは店を休んでいる。

 稼ぎ時にもかかわらず夫婦の時間を優先するのも珍しい、普段は口数少なく強面な店長が奥さんにベタ惚れというのも夫婦仲がいい証拠なのだろう。


「おかげでクリスマスはのんびりできるし、ありがたいなぁ」


 家に帰ったら部屋に積んでいる新刊でものんびり読もう、そうして横断歩道にさしかかった瞬間……


「む、先ほどの少年」

「え――」


 どこからか聞こえてきた声に立ち止まると、爆破音の様な衝撃音と共に体が宙に舞った。


  ◇   ◇   ◇


「ということで、申し訳ない」

「はぁ?」


 目覚めると真っ白の空間、赤い服を着たおじさんが頭を下げていた。


「一体何のことですか?」

「む、そういえば記憶を封印していたのじゃったな、この箱を開けるといい」


 手渡されたのはプレゼントボックス、怪しさ満点すぎるがこれを開けないと何も始まらないだろう。


「これは……」


 空の箱だった。

 なんだ……と思った瞬間、頭の中に記憶が流れ込む。


「歩いてバイト先に向かってたら急に体が……思い出した」

「ほっほっほ、思い出せたようで何よりじゃ」


 立派にはやした白いひげを撫でつけながら、おじさんは言葉を続ける。


「実はお主を生き返らせる際に、ちょっとした手違いでサンタパワーを授けてしまっての」

「何言ってるんですか? というか生き返らせる?!」

「うむ、蘇生の際にクリスマスエネルギーが混ざってしまったようなのじゃ」


 急に理解できない単語を持ってこないでほしい、なんだよクリスマスエネルギー。

 というか殺されてるじゃねぇか。


「ということで、お主の体にはサンタの力がほんの少し備わっておる」

「――俺がサンタ?」

「そう言う事じゃ、こちらの手違いでもうしわけないのぅ」


 せつな は てちがいで サンタのちから をてにいれた!

 ……ということはこの赤服のおじさんはサンタ?


「少しでも備わってしまった以上、サンタの役目から逃れることは出来ぬのじゃ」

「……気のせいという可能性は?」

「心当たりはあるじゃろう?」


 そう言われ、あの一瞬でバイト先についた出来事を思い出した。

 たしか、とある研究機関によればサンタの移動速度は時速2万8000kmだとか。


「うむ、その通りじゃ。やはりお主にはサンタパワーが宿っているようじゃの」


 本当に何なんだよサンタパワー。


「しかし、今お主に宿っているのはこの光速移動のみ。真にサンタとなるためには後二つの能力が必要になる……が、悪用されることだけは避けたい」

「悪用って……そんなに凄い力なんですか?」

「思考盗聴と万物想像じゃ」


 確かに子供たちの望むプレゼントを渡すのがサンタだからその二つは必要な力なのだろう。

 そんなものを悪用されたらひとたまりもない。

 あと思考盗聴って言い方はやめた方がいいと思う。


「ということでじゃの、お主がサンタの力を使うに相応しいか確かめさせてもらうぞ」

「あの、取り除いたりすることは?」

「出来ないのじゃ、そしてダメならこの世から消え――」

「わかりましたやります」


 もはや脅し……サンタが思考盗聴出来るならこの考えもバレてるわけだよな。

 心なしか先ほどよりニコニコしてるし圧が強い。


「やってもらうことは簡単。子供にプレゼントを渡すだけじゃ」

「……それだけですか?」

「行動、考え、その他の項目をすべて観察させてもらうぞ」


 過程も重視するというわけだろう。

 簡単そうに見えて厳粛な審査が行われることは目に見えていた、圧が尋常じゃない。


「期限は明日まで、生き返ったら町を散歩して困っている子供でも探すとよい」

「え、そんな行き当たりばったり?」

「では行ってくるのじゃ!」


 抵抗虚しくプツンと意識は切れていった。

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