第56話 魔王
俺が闘技場に足を踏み入れると、割れんばかりの歓声があがった。
「おい、あれが人族の英雄か。あまり強そうに見えないけど大丈夫か」
「あのミノタウロスって、この前のモンスターバトルの大会で優勝したやつじゃない?」
「まさか……1人で戦うのか? 人族だと普通のミノタウロスでも手練れ10人ぐらいで戦うと聞くぞ」
「これは最高の戦いが期待できるな!」
闘技場に結界が張られると、歓声が聞こえなくなった。
どうやら音も通さないようだ。
さて、どうするか。
これだけの観衆だ、あまり手の内を見せたくない。
というか開始の合図とかあるのか?
そんなことを考えていると、突然ミノタウロスが砂塵を巻き上げながら突っ込んでくる。
カウンターで斬りつけようとしたとき、ミノタウロスはお互いが斬り結べる範囲のギリギリで止まる。
あの速度で走ってきて、急に止まってもバランスが全く崩れない。
それだけでかなりの強敵だとわかる。
そして息を大きく吸い、俺めがけて咆哮をあげる。
炎みたいな目に見えるものが来ると予想していたので、『心の壁』バリアが発動しなかった。
俺の心が拒絶できなかったのだ。
全身にビリビリと強烈な振動が駆け抜ける……
——観覧席がザワつきだした。
「咆哮をまともに受けたぞ」
「大会で見せてた得意なパターンだ。金縛りにさせて斧で一刀両断。まずくないか……」
「おい、誰か止めろよ」
ミノタウロスはゆっくりと巨大な斧を担ぎ、タクミへと近寄る。
牛面の口からは舌が垂れ下がり、
勝ちを確信した眼には、魔物の本能ともいえる
結界の外では絶叫がこだまする。
ミノタウロスは巨大な斧を頭上高く振りかぶり、タクミを真っ二つにするため振り下ろす。
縦に裂けた身体は左右にズレ落ち、肉片の重さで地面が揺れる。
——そして、黒い煙となって掻き消えた。
観覧席では、事態を飲み込めない者が大半だった。
「え? 何が起きた……」
「なんか一瞬赤く光らなかったか?」
「人族は……おおっ無事だぞ!」
◇
「まあ、こんなもんだろう」
俺は勝てたことに安堵した。
咆哮を受けたときは一瞬焦ったが、デバフのようなステータス異常は発生しなかった。
『イエロールーンの強化指輪 異常耐性+95』が防いでくれたんだろう。
その後は呆気なかった。
隙だらけだったので、ライトセーバーにSP30を込めて斬り上げてやった。
光刃の長さが7メートルぐらいになったので、手首を動かすだけで縦一文字に斬れる。
ノーモーションだったから、やられた方は何されたか気づけなかったかもな。
斬った後はすぐに光刃を消したので、見てる奴らにもある程度は手の内を隠せたと思う。
反省することは多々あったが、まあ結果オーライとしよう。
俺はカルラに『携帯念話機』をつなぐ。
『終わったぞ。これからどうすればいいんだ?』
『え、あ、ちょっと待ってて』
少しすると結界がスッと消えた。
観覧席からの拍手や歓声がドワァァァッと聞こえる。
なんだ、こんなに盛り上がっていたのか。
「素晴らしい戦いだった」
拍手をしながら来賓席から降りてくる男。
長身のイタリア系のちょい悪風なイケメン。
魅力というかカリスマというか、フェロモンもたっぷり混じったオーラが出てるな。
ゲイルとカルラといい、魔族は美形顔だ。
「礼が遅くなった。娘を助けてくれてありがとう。オレは『エンツォ ブラッドハート』だ。他の種族からは『魔王』って呼ばれてるらしい」
「はじめまして。俺はタクミです。人族ですが、ドワーフ族の大使をやっています」
「ああ。娘からも聞いてる。オレのことは遠慮無くエンツォと呼んでくれ。タクミ、さっそくで悪いんだがひとつお願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「オレと戦ってくれ」
そう言うと、魔王の姿は消えた。
——トン。
誰かが俺の肩を叩く。
振り向くとそこには魔王がいた。
なっ! 俺は慌てて魔王と距離をとる。
魔王は両手を軽く広げ、どうした言わんばかりに首をかしげる。
「タクミ。違うだろ。ゲイルに認められた男が、この程度なわけがない」
さっきまでとは違い、笑みに影がある。
魔王はミアの方を向く。
マズい。俺はとっさにミアの前に移動しようとしたとき——また背後から肩を叩かれた。
「さらに弱点もあると……おまえ、今までよく死ななかったな」
なんだ、こいつは。
魔王の立ち位置がわからない。
味方なのか敵なのか……いや違うだろ。味方以外は敵なのだ。
魔王が味方なんて誰が決めた。
不抜けてる場合じゃない。
「おっ、やっとやる気になったか。判断が遅い。実戦だと死んでるぞ」
言葉と動きに騙されるな。
とにかく全方位にバリアだ。
俺はアイツから触られることを、何が何でも拒絶する。
その瞬間、俺の背後からキーンと音がした。
魔王の腕を弾いた音だ。
「くっくくく、おもしろい。タクミ、おもしろいじゃないか。今度はコレだ。『剣聖』の攻撃を防いだ実力をみせてみろ!」
いつの間にか、魔王の右手には真っ黒な刀が握られている。
刀身には
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