高校球児、公爵令嬢になる。《外伝》~クリスマスを知らない皇子さま~
つづれ しういち
第1話
「なあなあ、クリス。なんかさあ、最近ちょっと欲しいもんとか……ある?」
俺があいつにそう訊いたのは、十一月の終わりごろのことだった。
いつものように、一緒に帰る川沿いの道。すっかり風が冷たくなってる。
クラスメートであり、同じ元野球部員であり、実はそれ以上に色んな秘密の関係にあるそいつ──
「……いや。特にはないが」
「あーうん。そうだよなー」
クリスはそこでちょっと黙った。
考え深さで言ったら俺の知ってるなかでは一、二を争うきれいな青い瞳で、じーっと見つめられる。
それだけのことでなんか耳やら首やらがじわーっと熱くなってきて、つい目を逸らしちまった。
ううう。「ダメだ、ダメだ」と思ってれば思ってるほど、つい逸らしちゃうのはなんでだろう。
「なにかあるのか? 健人」
「え? なにかって、なにがよ」
あっ、こらっ。ふう、とか溜め息ついてんじゃねーぞ。
「このところ、いろんな相手から似たような質問をよくされるんだ」
「えっ。そーなの……?」
「ああ。なにか特別なイベントごとがあるのか? ここしばらくのうちに」
「あー。え~っと……」
そりゃね? ありますよ?
十一月のつぎに来るのは十二月。
その二十四日には……ね?
アレがあるでしょーが、アレが。
でも皇子はまったくピンと来てない顔だった。当たり前だけど。
なにを隠そう、この人はとある異世界の帝国、エノマニフィクの皇子様だからだ。
この春、俺はひょんなことからいきなりその国の公爵令嬢になっちまった。その子の名前はシルヴェーヌちゃん。彼女は彼女で、このどこからどう見ても「フツメン」面した田舎の高校生、田中健人になっちゃってよー。
そこからまあ、なんだかんだありまして。
俺とシルヴェーヌちゃんは無事にもとの身体に戻ったわけなんだけど。
あっちの世界でシルヴェーヌちゃんになってた俺になぜかぞっこん恋しちゃった(本人談だぞ、あくまでも!)このクリストフ殿下が、あっちで強力な魔法使いのみなさん──そこにはなんと魔王まで関係してたりする──にお願いして《魂分けの儀》って魔法を発動させ、自分自身を半分こにしてこっちに来ちゃったってわけだ。
なんか信じらんねーよなあ。最初にこいつを見たときは、マジ信じらんなかった。
こうして説明してる俺でさえ、いまだに「ほんとかよ、それ」って思うぐらいだわ。
高校三年生である俺たちは、当然、受験生。
寒くなって来たこの時期、普通なら必死で受験勉強にいそしんでなきゃならない身だ。まあ、とは言っても早い奴だと九月や十月で合格決めてるのもいるけどな。野球部の奴にもけっこういるし。
高校の進路説明会にやってきたおふくろが「あら~。今ってこんなに早く受験が始まるもんなのね~」ってびっくりしてたけど、昔は早くても十二月ぐらいからだったらしいんだな、コレが。
もちろん、早く決まっていくのは優秀な奴らが中心。大体、推薦枠がもらえるだけで優秀ってことだしよ。もちろんただの野球バカの俺にはそんなもんはいただけません。
だけど、クリス皇子はそうじゃなかった。
異世界からやってきたばかりだっつうのにこの人、信じられねえほど優秀だった。まあ優秀なシルヴェーヌちゃんから事前にある程度いろいろ教えてもらってはいたみたいなんだけどさ。甲子園に行くっていう一大イベントをこなしながらも、高校での成績もトップクラスだったんだよなあ。
だから俺、何度も言った。
「推薦が受けられるんなら遠慮なく受けろよな」ってさ。
でも、皇子は頑として断った。
なんでかって?
「そなたと一緒に受験して、同じ大学に行きたいから」だってよ。
……正直、困っちまうよ。
さっきも言ったけど、俺はとんでもねえ成績でさ。シルヴェーヌちゃんがこっちにいた間、かなり頑張ってくれて成績を上げてくれてたけど、それでも皇子のレベルで入れる大学の判定はよくてDとかで。
ほんと情けねえ。今まで成績のことなんてどうでもよかったのに、ここへきて急に「もっと勉強もしときゃよかった」って思うことになるなんてよー。
「そんなことは心配しなくていい。私はそなたの入れる大学に入るだけだ」なんて皇子は言うけど、そんなことさせらんねーし。担任にも「どうして栗栖くんがそんな大学に? もっと上を目指せるのに」って散々言われてるに違いねえのに。
でも皇子はいつだって飄々としてて、「いいから健人は自分の勉強を頑張ってくれ」って笑うだけだった。もちろん、しょっちゅう一緒に勉強もしてる。つい最近、異世界からやってきた人に、俺の方が勉強を教わってる状態だ。
ほんとは、今でもグルグルしてる。
本当にこんなことでいいのかなって。
だから、もうすぐやってくるクリスマス……ふたりで最初に過ごすことになるだろうクリスマスは、絶対にいい日にしたかった。
こいつの、すんごくいい思い出になる日にしたかったんだ。
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