28.【慟哭⑪】

 外部の人間たちの受け入れを始めてから、3か月が経った。

 教会からの人の流入も増えて、今やレインさんたちを含めて16人もの人がクレイドルで生活している。


 クレイドルプロジェクトに選ばれた人員だけあって、その中で専門技術を持っている人は少なくない。


 オートマトンたちはマニュアルのデータさえあれば、大半のことができるけれど、逆をいえばマニュアルのない作業は苦手なんだそう。


 たとえば電子的なロックは外れているのに開かないドアなど、今まで放置していた場所がいくつもある。

 その大半がドアのスライド機構の故障だったり、何かが挟まっていたりという物理的な原因だ。


 もちろん部品があればマニュアル通りに直すことはできるのだけど、本来想定しない故障原因に当たってしまうと下位モデルのオートマトンでは対応できなかった。


 そういった曖昧な判断が必要とされる作業を、彼らは請け負ってくれている。


 おかげで心配していた食糧の確保も問題なく進んでいて、今のところクレイドルの雰囲気は悪くない。


 ただ、私の方といえばそうでもなかった。

 

 一時期は鳴りを潜めていたはずの悪夢が、ここ最近、より酷くなっている。

 毎日同じように仲間たちに騙され、体を拘束され、そして四肢を切断されるのだ。

 

 時にそれは、四肢を切断する6人のメンバーと仲睦まじく生活している記憶と共に見せつけられる。


 スペンサーとは、上から目線だが熱意のある論説を、彼のデスクで聞く夢。

 サイモンとは、こちらがバスケットボールを知らないと聞いて、さっそく庭に連れ出されて教えてもらう夢。

 ヴィンセントとは、クレイドルに保護したレインたちについて、直接顔を合わせたところで私がこの手で首を引き千切って殺してしまうゆゆゆあいゆゆゆゆたいゆゆゆゆゆゆゆ????か????????え夢夢夢僕夢夢夢夢夢夢せ夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢腕夢夢??????

 

 ――――――。

 

 ――――。

 

 ――。

 

「アドニシア?」

 

 誰かが呼んでる。行かなきゃ。

 

 ――。


 そんな酷いこと、考えちゃ駄目。

 

 ――――。

 

「ねぇ、アド……あなた?」


 きっと、きっとみんないい人だよ。私は信じる。信じるって決めたんだから……。

 

 ――――――。

 

「あなた!」


「……!」


 視界が急に明るくなった。

 目の前に黄色の宝石のようなものが2つあって、それがぐらぐらと揺れる。

 黒くて艶のある髪が目の端に見えて、そこでやっと私の前にあるものがイーリスの顔だと気づいた。

 

「大丈夫……?」


 肩を掴まれ、揺さぶられている。

 大丈夫、と答えようとして、声が出ない。私の息は荒く、引きつるような呼吸を繰り返していた。

 

「うぷっ……!?」


 瞬間、猛烈な吐き気が襲ってくる。

 とっさに私は顔を背け、間一髪でベッドの横へと倒れるように吐瀉した。


「あなた!? ベローナ! アドニシアが吐いてる! すぐに来て!」

 

 昨日の晩御飯が咀嚼されてはいるものの、ほぼそのままの形で噴き出す。

 

 私の体は胃の中の物を異物として認識したんだろう。

 内容物を全部を吐き出すまで、私の意志とは関係なく横隔膜や腹筋による胃への圧迫が続く。


 呼吸が荒く乱れて、体が引き攣る。収縮する筋肉や内臓が痛い。食べ物と一緒に口を通る人工の消化液の匂いが鼻をつく。


 けれど、私は苦じゃなかった。


 痛み、不快感、息苦しさ――それを感じてはいるものの、私は自分自身を俯瞰しているような気分だった。


 床を掃除するのが大変だなぁ、とか。

 食べ物がもったいないなぁ、とか。

 イーリスに情けないところを見せちゃったなぁ、とか。


 そんなことを考えていたのだ。


 そういえばベローナが以前、オートマトンには痛みをシャットアウトできる機能があるって言ってたなぁ。

 もしかしたら私はこの体を引き千切られたとしても、こんな風に他人事みたいに思うのかな。

 

 そうだよね。


 というか、悲しんだり、泣き叫ぶ資格はないよね。

 

 ――私は他人の手をもぎ取って、喜ぶような女なんだから。

 

 

 ◇   ◇   ◇



 オートマトン用の検査機材が置かれた部屋で、私の前に座るベローナが難しい顔をする。

 その視線はデスクの上に置かれたモニターへと注がれていて、そこには私の体の検査結果が表示されていた。


 私にはそこに書かれている内容はわからない。


 けど、胃や腸と思しき位置を拡大した画像がいくつも見えて、たぶんそこが悪い部分なんだろうと薄っすら感じた。

 

「消化器系が正常に作動していませんわ。昨日の夜はまたあの夢を?」


 ベローナが真っ直ぐに私を見据えて言う。

 やっぱりか、と思いつつ、私は頷いた。

 

「うん……。だけど……少し違う夢も見た気がする」

「どんな夢でしたの?」


 問われて、今朝の見ていた夢がすでに霞みがかったように思い出せないことに気づく。

 いつもの夢は正確に思い出せるというのに、別に見た気がする夢の情景がまったく出てこない。


 思い出そうとしても、腹の底から強烈な不快感だけが沸き起こるだけだ。

 

 それを掻き消そうと、私は自分の顔を両手で覆う。

 

「……思い出せない。でも、酷い夢だった気がする」

「そう……ですの」

 

 きっと今の自分は酷い顔をしているんだろう。表情をベローナに見せたくなくて、私は指の隙間から様子を伺う。

 案の定、彼女は目を伏せて悲しそうな顔をしていた。


「ご主人様」


 ベローナが視線を下に落としたまま私を呼ぶ。

 私は顔から手をゆっくりと離して、彼女の言葉を待った。


「今日は1日お休みになられた方がよろしいですわ。飲み物も少量なら構いませんけれど、食事は控えるべきだと思いますの」

「ご飯食べちゃ……だめ?」


 泣きつくように言う私に、ベローナは首を横に振る。

 

「食べてもまた戻してしまうと思いますわ」


 それは、確かに良くない。食べ物ももったいないし、ところ構わずゲロを吐いては皆の迷惑だ。

 どうせ私の体は食べたものの栄養で動いているわけではないし、趣味で食事をしているだけだから問題ない。


 けれど、私にも譲れない部分はある。

 

「……わかった。けど、昨日のお遊戯会の動画をレインさんたちに見せてあげたいの。それだけやってもいい……?」


 これは、私の大切な仕事で、私にしかできない役目だ。

 子供たちの様子を受け入れた人たちに見せて、逆に私はその人たちと言葉を交わす。


 最近の子供たちの成長を話す代わりに、彼らのことを教えてもらうのだ。


 レインさんには編み物を教えてもらった。

 ある人には子供とできる工作を教えてもらった。

 またある人には電脳端末に慣れるためのトレーニング方法を教えてもらった。


 個人で所有していた娯楽用の音楽や動画データをくれた人もいるし、私の知らない食べ物のフードプリンター用のデータをくれた人もいる。


 ……教会の『教え』というものを私に説こうとして、他の人と揉めてしまった人がいた。

 クレイドルプロジェクトが1度放棄されたことについて、私に対して怒りをぶつける人もいた。

 私の体がオートマトンであることを知って、人形と揶揄してくる人もいた。

 

 でも、それは管理者である私にしか受け止められないことだと思う。私に原因がなくとも、私が聞いてあげるべきことだと思う。

 むしろ、子供たちにしてあげられることが増えるのならば、些細なことだ。

 

 だから、私はこの仕事だけは休むことができない。

 

「ご主人様がそうなされたいなら……仕方ありませんわね」

「ありがと。ベローナ」


 きっと、そんな私の気持ちを汲んでくれたんだろう。ベローナはため息をついて、我儘を許してくれた。

 

「無理をしてはいけませんわ」


 彼女が立ち上がって、近づいてきたと思ったら、顔を胸に押し付けられる。

 これじゃ私が子供みたいだ。

 

 頭を抱えられたまま、私は抵抗せずにベローナの背中に手を回した。

 

「無理なんかぁ……してないよ」


 そう言うと、一層強く抱きしめられる。

 私の体はそんなにヤワじゃないだろうし、常に気を張って行動してるわけじゃない。


 ティアみたいに常に動き続けているわけではないし、イーリスみたいに色んなことを同時に考えてるわけでもない。

 ベローナみたいにいつ何があっても対応できるように警戒しているわけでもないのだ。


 皆と比べてれば私の負担なんて大したことない。


 私はそう思いながらも、ここでちょっとだけ休憩する自分を許すのだった。










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