26.【慟哭⑨】

 次の日、私は新たに受け入れたという2人へ会うことにした。


 万が一のために【コーネリアス】の1人であるミルキーを護衛としてつけて、彼らの部屋を尋ねる。

 すると、髭面の……あ、どっちもお鬚が生えてた。

 1人は前に出てきて話ができそうなおじさんで、もう1人は後ろに下がっている眼鏡のおじさんだ。

 

 彼らは聞いてたよりも小ぎれいな恰好だった。きっとシャワーと用意した着替えを使ってくれたんだろう。


「アンタが、クレイドルの管理者か?」


 半信半疑といった面持ちで尋ねられて、私は大きく頷いてみせた。

 

「はい。私が今のクレイドルの管理者――アドニシアです。初めまして、アントニオさん、ウィーラーさん」


 ひとまず立ち話もアレなので、部屋のテーブルへと移動することにした。


 ミルキーが飲み物を用意している間に、2人には自己紹介をしてもらう。

 どうやらこの眼鏡をかけていない方がアントニオさんらしい。ウィーラーさんは相変わらず黙っている。


 暖かいお茶のような何かが注がれたカップがテーブルに置かれたところで、私は口を開いた。

 

「大変、でしたね」


 そう言うと、アントニオさんは意外そうな顔をする。

 

「え……?」

「ベローナからも聞いてます。あんまりご飯も食べられてなくて、すっごく疲れてたって。すみません、クレイドルの外でこんなに困ってる人がいるって気づけなくて……」


 イーリスは気づいていたかもしれないが、私が知らなかったのは本当だ。

 ただ、知っていたとしてもサイモンの襲撃からこの1か月の間に、何か出来たとは思えない。


 そんな見て見ぬ振りに近いことをした罪悪感もあり、私は詫びた。

 

「いや、アンタが気に病むことじゃないんだ! そもそもクレイドルから出ていったのは俺たちの判断で……! 昨日のメシは美味かった! ありがとう! この部屋もあったかくて……久しぶりによく眠れた!」


 頭を下げる私に、アントニオさんは焦ったようにまくしてた。

 きっと正直な人なんだろう。


 私はこういう人、嫌いじゃないな。

 昨日は快適に過ごせてもらったようでなによりだ。


「よかった。遠くから来たのにゆっくり休めないなんて、もっと疲れちゃいますもんね」


 私が手をポンと合わせて喜ぶと、アントニオさんの視線が泳ぐ。

 そういえば、何か言いたいことがあるって言ってたなぁ。


 私はお茶をゆっくりと飲んで、彼が口を開くのを待った。


「そ、それでなんだが……」

「はい。お聞きします。お話があるって」

「昨日の礼にもならないが、俺たちにできることがあるなら協力させてくれ! クレイドルプロジェクトが再始動したなら、手伝いたいんだ!」


 言いにくそうなアントニオさんを促すと、彼は体を前のめりにして声を大きくする。

 必死に懇願するその姿に、私はあらかじめ決めておいた答えを短く返した。


「いいですよ」

「いきなり来た俺たちを信用できないのもわかってる。だが俺たちは――……は?」

 

 あ、言い方間違えたかな……? アントニオさんがさっきよりも目を丸くしてる。

 喉に引っかかったお茶を咳払いして、私はもう一度答えを言い直した。


「お願いします。ここで生活して、ここで子供たちを育てる手伝いをしてくれるなら、歓迎しますよ~」


 私が手を広げて言葉の通り、歓迎の意を示す。

 普段から子供たちへオーバーなリアクションをしているせいで、私はボディランゲージが染みついてしまっていた。

 真面目な話の割には少し子供っぽいかな……。


 アントニオさんはそれを見て、言葉を詰まらせていた。

 

「な……え……、も、もう子供がいるのか……?」

「いますいます~。写真見ます? 私が言うと親バカっぽいですけど、可愛いですよ~!」


 言いながら、私はイーリスから借りたタブレット端末を取り出す。

 昨日、レインさんに写真を送って見せたことを話したら、「わざわざデータを送る必要はないでしょ」と貸してくれたものだ。

 確かに、見せるだけならこっちの方が楽だ。けど、使ってみたかったんだもん。写真送るやつ。

 

 私がレインさんに見せたものと同じ写真を表示させると、アントニオさんは震える指でその画面に触れた。

 

「ほ、本当に……人工子宮が……」

「3年前に私が起動させました。それからオートマトンの皆に手伝ってもらって、なんとか育ててきた大切な子たちです」


 アントニオさんは椅子の背もたれに体を預けて、深く息を吐く。

 人工子宮の起動どころか、もう赤ちゃんでもなくなっていたから驚いたんだろう。

 

 しばらくの間、無言の時間が続いた。


 アントニオさんは放心状態というか、呆然とした顔でタブレット端末に視線を落としている。

 すると、突然、ウィーラーさんが立ち上がった。

 

「なにをすればいい?」


 ん?

 どういう意味かわからず、私が首を捻っていると、アントニオさんが声をかける。


「お、おい、ウィーラー」

「子がもう生まれているなら、俺はなんでもする。俺の持っている資格や知識を伝えておく」


 短く、素っ気ない話し方だが、それでやっとウィーラーさんの言いたいことを理解した。

 どうやらさっそく、何かしたいと思ってくれたらしい。

 

「お、俺の情報も受け取ってくれ!」

 

 遅れて、アントニオさんが同じように反応し、私の電脳端末に通知が入る。

 送られてきたのは、彼らの個人情報だ。


 2人は電子機器本体などの整備をするエンジニアらしい。

 

「わぁ、ありがとうございます。私はこういうのあんまり詳しくないから、あとでお願いできそうなことをお伝えしますね」


 私が素直に礼を言うと、2人は椅子に座る姿勢をやや崩した。

 それまでは張り詰めていた空気が、やっと和らいだ気がする。

 

「なぁ、アンタ。レインとジャスパーっていうやつらを知らないか? 1か月前くらいにここらに来ていたらしいんだが……」

 

 アントニオさんもその空気を感じたのか、世間話をするような口調で尋ねてきた。

 私は受け取ったデータをイーリスに転送しつつ、軽く答える。

 

「知ってますよ~。今もここで生活してます」


 これはいずれわかることだと思うので、別に隠す気はなかった。

 けれど、アントニオさんには大事なことだったらしく、テーブルを叩いて立ち上がる。

 

「や、やっぱりか!?」

「わっ! びっくりした……」


 本当はそんなに驚いてないけど、私はわざと驚いてみせる。

 あまり急に動かないでほしいなぁ。護衛のミルキーが勘違いして飛びついちゃう可能性もあるんだから。

 

「す、すまん。だが、やつらは教会を捨てたんだ。教えに背いたやつらなんだ。そんなやつらが……」


 教会を捨てた、という言葉が、私の中で引っかかった。

 レインさんたちの話だと、教会での扱いは決して良いものじゃなかったと聞いている。

 苦しいところから逃げ出したいと思うのは当然だ。


 それが目的や見返りがないのならなおさらだと思う。

 それに、宗教のことは詳しくないけど、いる場所によって捨てるも拾うもないんじゃないの?

 

 なにより私には、同じ場所で生活していたはずのアントニオさんたちが、レインさんたちを悪く言うことが悲しかった。

 

「アントニオさん……」


 何を信じるかとかは、私には難しくてわからない。

 けれど、今私が何に悲しんでいるかは伝えられるはずだ。

 

「さっき見せた子供たちが着ていたカーディガン。あれはレインさんが編んだものです」


 アントニオさんの視線が、再びタブレット端末に落ちる。

 

「編んだ? 手でか?」

「はい。ジャスパーさんも私の子の病気について助言をくれて、すごく助かりました」

「……」


 2人は訝しむように私を見た。


「私には宗教というものがよくわかりません。ここのオートマトンたちの大半もそうです。けれど、そういうものとは関係なしに、あのお二人はここで私たちのためにできることをしてくれています。それが手探りであっても、私にはそれが嬉しかったんです」


 私だって口が上手いわけじゃない。けれど、信仰とは別の話で、私のために何かをしてくれた人たちをそういう風に言ってほしくないことを一生懸命伝えたかった。

 

「アントニオさんとウィーラーさんも、同じような気持ちを持ってくれてる。そうでしょ?」


 最後に問いかけて、私は彼らの顔を見る。


 黙って話を聞いてくれている2人の顔は、当然納得しているような表情じゃない。

 まぁ、こんなこと言われてすぐに「そうでした。すみません」なんて、なるとは思ってないけど。

 

「俺たちは……俺たちも、そうだ。編み物でもなんでも、助けになるならやる。そういう気持ちでここに来た……」


「なら、今はそれでいいってことにしましょう。今の皆さんは同じ方向に向いてくれてる。きっとそうしていれば、知らないうちに肩を並べるのが嫌じゃなくなる。私はそう感じるからこそ、こうしてお話をしたいと思ったんです」


 大事なのは落としどころ。子供たちとの会話でもそうだ。

 

 どうしてイジワルをしてはいけないってママが教えてるのか。

 どうして優しくしてあげてほしいってママが伝えてるのか。


 そのためには自分でどう考えて、相手をどう思えばいいのか。


 悪いことを注意するのは簡単だし、良いことを褒めるのはもっと簡単だ。けれど、なぜそうなのかを考えるのは、大人でも難しい。


 たぶん、そこに明確な答えなんてないけれど、考え続けている間、少しだけでも納得できる仮の理由を置いておくことはできるはずだ。

 もし別の答えが見つかったなら、あとからでも置き換えることなんて、いくらでもできるのだから。


「……わかった。これは俺たちの問題だったな」


 どうやら、とりあえずはレインさんたちに向ける感情を収めてくれたみたい。


 その後は子供たちの様子やクレイドルの状況などを話し、逆に教会ではどんなことをして過ごしていたのかを教えてもらうのだった。










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