23.【慟哭⑥】
「……子供たちに会えたりはしないのかしら」
毛糸串を操りながら、レインはふとそんな言葉を漏らした。
誰に言ったわけではない。ここに来てから編み物の腕も随分上達してきて、すでにカーディガンなどの大きめの衣類をいくつか完成させていた。
オートマトンたちは嬉しそうにそれを受け取ってくれるが、いかんせん着ているところが見たいのだ。
作った当人として、実際に着てもらった時のサイズ感や着心地などを確かめたい。
そんな欲求がぽつりと出てしまったのだ。
「レイン、僕らはここでは完全な部外者だ。イーリスさんやベローナさんは優しいけど、信用されているのとは違うんだよ」
離れた場所で読書をしていたジャスパーが、声をかけてくる。独り言を聞かれていたらしい。
「わかってる。ちょっと退屈だっただけよ」
レインは短く息を吐いた。
編むのに慣れてしまったせいで、つい余計なことを考えがちだ。
次はもっと難しいものに挑戦してみるのもいいかもしれない。別に大人用のものを編んでもいいのだから。
そんなことを考えていると、部屋のドアからコンコンという音がした。
「……?」
レインとジャスパーは顔を見合わせて、首を捻る。
なんの音だろうか。部屋の前で警備しているオートマトンが立てた音かもしれない。
そう思って、編み物を再開しようとすると、今度は声がした。
『すみませ~ん。入ってもいいですか~?』
今まで聞いたことのない女性の声だ。
もしかして、さっきのはノックだったのだろうか。部屋にはチャイムのボタンがあるだろうに。
「いい。レインは座っていてくれ」
立ち上がろうしたこちらを制して、ジャスパーがドアに駆け寄って開閉スイッチを押す。
「あ、こんにちは! 初めまして~。私、一応、ここの管理者になってるアドニシアって言います~」
そこには髪の長いの女性が立っていた。
「管理者って……ベローナさんたちのマスター……?」
「はい、そうです! ジャスパーさん。いつもベローナたちがお世話になってます~」
呆気にとられるジャスパーに対して、アドニシアはぺこりと頭を下げる。
まるで隣人への挨拶に来たかのような調子に、レインたちも釣られて会釈を返した。
朗らかな声と人好きしそうな笑顔……一見するとどこにでもいそうな女性だ。
この女性が、クレイドルプロジェクトを再開させたマスター……――話には聞いていたが、本当に穏やかな印象を強く受ける。
今まで見てきたプロジェクトリーダーたちは皆、主張の激しい者たちだったが、彼女の雰囲気はその真逆だ。むしろ自分たちとの共通点を感じさせるような空気を纏っていた。
しかし、後ろに控えた無表情のオートマトンたちを見て、レインは息を詰まらせる。
「っ……」
相手はこのクレイドルの管理者で、自分たちを保護してくれたオートマトンたちのマスターだ。
初対面で失礼な態度を取るわけにはいかない。
レインはかすかに呼吸が乱れた呼吸を戻そうと、胸をさする。
すると、アドニシアの顔がこちらに向いた。
レインの顔をわずかに見つめると、オートマトンたちに振り返る。
「ごめん。【エクリュ】と【アイボリー】以外は外で待機してて~。怖がらせちゃったかも」
アドニシアはそう言って、廊下に2体以外のオートマトンを残し、ドアを閉めた。
そして、彼女は姿勢を低くして、とことこと近づいてくる。
「レインさん、ですよね」
「え、ええ……」
問われてレインは頷くしかない。
アドニシアは床に座り、仏教徒のように手を合わせてみせた。
「ごめんなさい! 驚かせちゃって……。あの子たちは最近、私についてくれた子たちだから、まだちょっと顔が怖いんだよね~」
「いえ、そんな……」
言いつつも、レインは内心でアドニシアの瞬時の気遣いに驚いていた。
教会のオートマトンに追われた際の心労によって、レインは機械的な表情のオートマトンに恐怖を感じるようになってしまっている。
それをベローナたちから聞いているのかもしれない。
だが、自分の様子に素早く気づき、護衛を引き下がらせたところにレインは人柄を感じた。
「すみません、ご挨拶が遅れてしまって。お二人のことはベローナやイーリスから聞いています。その……毛糸のお洋服を編んでくれていることも」
アドニシアが視線を落とした先は、レインの持つ編み掛けのマフラーだ。
「私にはこれくらいしか、できないから……。使ってくれていれば嬉しいわ」
子供たちを厳重に守られていることを、レインは知っている。
自分が編んでいる物も、もしかすると使われていない可能性もあると思っていた。
レインが卑下するように言うと、アドニシアは何かを閃いたようにパッと顔を明るくする。
こめかみに指を当てて、電脳端末を操作し始めた。
「もちろん使ってますよ~。えっと、あれ……?」
だが、すぐにアドニシアは首を捻る。
目を色々な方向にさまよわせて、瞬かせた。
「……どうしました?」
様子のおかしいアドニシアに、ジャスパーが声をかける。
すると、恥ずかしげに顔を赤くしながら、アドニシアは言った。
「写真って……どう送るんですか?」
写真、と言われ、カメラを使った現像写真のことを思い浮かべたが、そうではないだろう。
「スナップショットのことですか?」
ジャスパーがレインの横に座り込みながら、問い返す。
すると、アドニシアは人差し指を立てた大きめのリアクションを取った。
「そうそう! 実は私、電脳端末を使い始めたのも最近で……。操作がよくわからないんです」
「あ、ああ、なるほど。じゃあまずは保存してあるデータを開いて――」
それを聞いて、ジャスパーが操作方法を教える傍ら、レインは不思議に思う。
電脳端末を使っていなかったなど、珍しい。
視界のスナップショットもそうだが、電脳端末には財布や身分証明、連絡に娯楽など、様々な機能が集約されている。
その機能の大半が必要なくなってしまったこの世界でも、電脳端末自体の利用価値はゼロではない。
オートマトンの管理なども電脳端末で行うはずだが、それまではどうしていたのだろうか。
レインがそう考えていると、視界の端に通知が来る。
近距離でならネットワークを介さずに行える、画像データの共有だ。
見れば、アドニシアから何かを期待するような視線が寄越されていた。
レインはなんだろうと、それを許可すると視界に一枚の画像が映し出される。
「あっ……」
映っていたのは小さな女の子だった。着ているのは赤いカーディガン――レインが編んだものだ。
ポーズを取ることになれていないのか、ぎこちないピースサインをしている。
しかし、その顔は眩しいくらいに笑っていた。
「この子はアリス。最初に生まれた、1番のお姉ちゃんです」
さらに、追加で3枚の画像が送られてくる。
そこには1人ずつ子供が映っていて、それぞれが色違いのカーディガンを身に着けていた。
「青いのを着てるのがベル。この子は2番目の子で……。緑色を着て恥ずかしがってるのが3番目のコーディです。黄色いのを羽織って、不思議そうな顔してるのが今のところの末っ子のディアナ」
アドニシアはとつとつと語る。
その言葉を聞きながら、レインは写真に写る子供たちの顔をまじまじと見た。
笑顔から始まり、自慢げな顔、照れた顔、きょとんした顔……そのどれもが子供らしい純粋な感情に溢れている。
気がつけば、網膜に直接投影されている画像の後ろがボヤけていた。
「アリスはお姉さんだけあって、結構ひとりで――レインさん!? どうしたの!?」
「ごめんなさい……! な、なんでもないの……!」
言いながら、レインは心をきつく縛られるような苦しさを感じる。
レインは自分の子供などいない。腹を痛めて生んだ赤ん坊もいない。
このカーディガンも、自分を保護してくれたオートマトンたちへ向けて恩返しの気持ちで編んだものだ。
しかし、彼らの先にいる子供の存在をはっきりと認識したとき、レインはえもいわれぬ愛おしさを感じた。
同時に、罪悪感が胸を締め付ける。
この命はクレイドルプロジェクトを再開したからこそ生まれた命だ。
レインたちがプロジェクトを放棄したということは、この子たちを見捨てたと同じことなのだ。
「レインさん」
呼びかけられて、レインは顔を上げる。
「毛糸のお洋服、ありがとうございます。最近寒くなってきましたし、みんなにはオシャレしてもらいたいし、こういうのは【ママ】の私がやらなきゃっていうのは、わかってるんですけど……。私、オートマトンの皆に頼り切りで……」
「親だって人間よ。なんでもできるわけじゃない……」
それはレインも同じことだった。出来なかったからこそ、ここで編み物をしている。
「でも、出来ることはしてあげたいんです。だから、今度編み方を教えてくれませんか? できれば、私の部下の子も一緒に」
同じだ。レインと同じく、できることをやって、その次を見つけようとしている。クレイドルの新しい管理者がどんな人物かと思えば、ただ普通に【ママ】をやっているだけの女性だった。
レインはアドニシアに頷いてみせる。
「もちろんよ。アドニシアさん」
「わぁ、やった! ありがとうございます。レインさん!」
アドニシアが手を合わせて、えへへ、と笑った。その笑い方は、先ほど見せられた赤いカーディガンを着た女の子――アリスと似ている。
きっと、あの子は母親から笑い方を教えてもらったんだろう。
人口子宮で生まれた子と血の繋がりはない。
だというのに、レインは良く似た親子だと思うのだった。
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