10.【脈動⑤】
今日のお夕飯はなににしようかなぁ。
薄暗く照明を落としたプレイルームで、私は天井を眺めながらそんなことを思う。つい数時間前には警報がなってあたふたとしていたのが嘘のようだ。
子供たちは歌や遊びのあと、おやつの時間が終わったらいつも通り寝てしまった。今は大口を開けて寝るティアの周りに身を寄せ合っている。ディアナの足が彼女の顔に乗っかっているけれど、起きないものなのかな。
食事といえば、今は真空冷凍された半固形の謎食料を解凍して食べている。他にあるとしてもビスケットのような保存食だ。
まぁ、味はそれなりに美味しいし、子供たちにも食べやすい。けれど、そろそろまともな形状をしたものを食べたいというのが本音だ。このままでは子供たちがディストピア飯だけ食べて育ってしまい、【食育】のしの字もないわけでして。
そこで、今日から使えるようになったフードプリンタの出番というわけだ。
その名の通り、その食べ物のデータと粉末状の材料さえあれば、なんでも作れてしまうという優れものらしい。いや、実際には全部「それに似た何か」が出てくるらしいけど、とにかく料理としての形を成しているだけでも泣くほどありがたい。
子供たちが最初に食べる料理なのだから、何がいいんだろう。オムライス? カレー? そういえば、まともなパンやお米も食べさせたことないなぁ。
そうして一人、暗闇で首を捻っていると、ドアが開いた。
そこに立っていたのはイーリスだ。
なんか不機嫌そう。嫌なことでもあったかな。
「……」
眠っている子供たちを起こさないように、イーリスは静かに私の横に座る。
何かあった? と、聞こうとしたが、その前に軽い衝撃を感じた。
見れば、私の肩にイーリスが寄りかかっている。しっかりと腕を絡めて、逃げられないよう手まで握られていた。別に逃げるつもりなんてないけど。
そうしてイーリスは目を瞑ったまま何も言わない。
一直線に私の隣に来て何も言わずそんなことをし始めた辺り、何かの拍子に甘えん坊スイッチが入ったのだろう。
短くため息を吐いて手を握り返す。
「何かあった?」
小声で訊いてみると、イーリスは小さく首を横に振った。
「……ねぇ、わたしって、クーデレなの?」
なんの話……?
その言葉自体には覚えがあるが、果たしてその質問にどう答えればいいんだろう。久しぶりに聞くなぁ。クーデレって。
「そ、その才能はちょっとあると思う」
そうとすれば今はデレのタイミングだ。今朝はクールのタイミングだったかもしれない。いや、あれも十分に甘えてる気がする。あれ? じゃあデレデレじゃない?
私の中のクーデレの定義があやふやになっていく中、イーリスは頭を擦りつけてくる。
「……ところでクーデレってなんなのかしら?」
知らないで訊いてたんかい。ちょうど私もわからなくなってきたところなんですけど!
答えに窮していると、そのうちイーリスは寝息を立て始めてしまった。
……疲れてたのかな?
私はイーリスを起こさないように身を寄せる。
この子は戦闘を考慮していないボディらしく、比較的、軽いし柔らかい。握っている指も感触からして華奢だ。
甘えたいけど我慢して、その時が来たら急に甘えてくる――そんな不器用さがイーリスの可愛いところだと私は思う。
しばらくその黒髪を撫でていると、ティアが苦しそうに呻いていた。気がつけば、彼女のお腹にアリスの足まで乗っけられている。
退けてあげようかと考えたけど、動くとイーリスを起こしそうだ。
……まぁ、いいか。
そんな光景を眺めつつ、私は永遠と夕食のメニューに思いを馳せるのだった。
◇ ◇ ◇
「かっはっは! どうだ!? やっぱりボロが出ただろ?」
タッカーからの報告を聞いたサイモンは、食事の置かれたテーブルを蹴り飛ばす勢いで笑い声を上げた。
やはり自分の読みは正しかった。
目論見通りにことが運んだ高揚感に、サイモンの笑いは止まらない。
「残ったオートマトンが何か企んでたわけだ。けど人間様ほど柔軟な頭はねぇなぁ!」
サイモンが行ったことはシンプルだ。クレイドルに人間を送り込み、自分たちを保護しろと迫るだけ。スペンサーを殺すような相手が保護を許容するとは思えないが、そこはあまり問題ではない。
送り込んだ二人にかけておいた脅しが重要だ。
まず、クレイドルに入り込めず、ここに戻ってきた場合には居場所はないことを教育してやる。そして、同行させたオートマトンには、サイモンにしかできない仕掛けを施しておいた。
それは、「もし二人が命令に反する行動を取った場合には射殺しろ」という、本来ならば不可能な命令だ。
たとえマスター権限を持っていたとしても、民間用オートマトンに無害な人間を殺すような命令はできない。情緒を持たない下位モデルだったととしても、基本行動のプロテクトがあるからだ。
人間への安全性、命令への服従、自己防衛という三つのプロテクト。ごく一部の軍用モデルではその限りではないが、ほぼ全てのオートマトンに実装されているといってもいいものだ。
だが、サイモンはそのプロテクトを外すことができる。その右手の甲に移植されたヘクス原体の力によって。
このヘクス原体はただエネルギー出力が多いというだけのシロモノではない。詳細はわからないが、ヘクス原体を移植した他のメンバーにも同様の権限、もしくは力が与えられているのは間違いなかった。
幸い、この船の中には休眠中のオートマトンがごまんとある。権限さえ掌握すれば、即戦闘に使用できる兵隊とすることができるのだ。
これでいつかはジョナスなどの他のメンバーを力で屈服させられる。サイモンにはその自信があった。
「兄貴、うちの人形をぶっ壊した奴ら、一律統制されてるザコっすね。兄貴の権限があれば艦内のシステム経由でオーバーライドできますわ」
タッカーの言葉にサイモンはにやりと笑みを浮かべる。
オートマトンに監視された人間は、目論見通りクレイドル側の脅威として排除された。そして、その場に
そういうシナリオだ。
すでに司法が崩壊したこの艦内では、実害の有無と権限の上下がすべてだ。
現状でサイモンは、所有物をクレイドル側によって一方的に破壊された被害者だ。そして、その実際にどちらが悪いかなどは判断する機関や人間は存在しない。いるとすれば、権限を持つ者――つまり、サイモン自身だ。
クレイドル側で統制している存在はともかく、実際にこちらを攻撃した一律統制された下位モデルへは強制的に介入できるだろう。
これでこちらがクレイドルを乗っ取る口実ができた。いや、元々口実など必要ないが、奴らの権限の一部を掌握し、侵攻の足掛かりを作ることができたというべきか。
サイモンは改めて愉快そうに笑う。
そして、ソファーから立ち上がり、待機ルームへと向かう。
「クックック……。ルールに縛られた人形どもじゃ手も足もでねぇだろ。――よし! てめぇら!」
サイモンの声に、完全武装した男たちが振り向いた。
男たちが身に纏っているのは黒を基調とした武骨なコスチューム。ヘクスからのエネルギーを利用して、着用者を守り、身体能力を効率よく向上させる軍用のコンバットスーツだ。
ちゃちな小口径の火器では怪我をさせることもできない。
「スペンサーんとこはゴミばっかでクソな仕事をさせたな! 今回は色々いるぜぇ! 楽しんできな! 俺にも土産くらいは持って来いよ!」
「「「応!」」」」
そう発破をかけると、男たちは電磁投射式のアサルトライフルを掲げた。
サイモン配下の実働部隊――これに加えて、武装させたオートマトンも合わせれば、どの勢力にも引けを取らない戦力となる。
クレイドルにはプロジェクトを断念した時点でロクな物資は残っていなかった。そのいくらかを艦内からかき集めたところでたかが知れている。
スペンサーを殺したやつを殺して、ヘクス原体を2つ回収してしてしまえば、もう誰も自分に逆らうことはできないだろう。
これも思わぬところで情報が転がってきたおかげだ。殺し合いだろうがスポーツだろうが、競争には運がつきものだ。
やはり自分はツイている。
サイモンはクレイドルに向けて歩き出す黒い集団の背中を見ながら、自ら煙草に火をつけた。深く煙を吸うとニコチンがすっと頭に回ってきて、痺れのような高ぶりが万能感を後押しする。
やがて吸い切った煙草をサイモンが投げ捨てると、まだ消えていない火が地面に散った。
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