02.【前駆①】
最初に聞いた時はなんて夢物語な話なんだろうと思った。
人類が滅びたのは約300年前。その最後に発動された、人類を再興させるための計画――。
――それを【クレイドルプロジェクト】というらしい。
頑丈で超巨大な宇宙船の中に人工子宮と遺伝子情報を乗せて、次の地球を探す旅に出る壮大な計画だ。
500人ほどの人間を冷凍睡眠で生かし、人工子宮から生まれてくる子供たちを育てる計画だった。
けれど、実際に人間たちが覚醒したあと、問題が発生したらしい。
人工子宮が起動しないという、根本的かつ致命的な問題だ。
本当なら子供を育てて次代に未来を託せたはずが、計画は破綻。目的を失った人たちは希望を失って、どこかに行ってしまったそうだ。
けれど、オートマトンたちは諦めていなかった。
人間がいなくなり、なんとか人工子宮を起動させる方法を探り続けた結果、ある一つのオートマトンにその権限があることを見つけた。
それが私だった。
まぁ、その中身が遥か昔に存在したアジアの島国の一般人だったのだから、みんな驚いてたな。……いや、ほんとすみませんって感じ。私のせいじゃないんだけど。
とにかく、私のよくわからない身体のおかげで人工子宮は起動した。
子供たちも無事生まれて、そこにある物、そこにある設備を使ってなんとか生活を成り立たせた。
けれど、足りないものがあった。
それは――ヘクス原体というエネルギー源だ。
あの悪夢の中で、少年の腕から引っぺがそうとしていた六角形の結晶のことだ。
そのコピーがこの時代の主なエネルギー源で、機械や人体に埋め込んで使うのが一般的な使い方らしい。
オリジナルとなれば取り出せるエネルギーは膨大で、オートマトンたちはそれを欲していた。
それがあれば今生活している施設のエネルギーを回復させられる。そうすれば遺伝子情報を保存したサーバーを再起動して、今の4人以外の子供も作れるようになるとか。
それがどこにいったかというと、この船の中に散っていった人間が持ち逃げしたんだそうだ。
迷惑な話だよね。
でも、ヘクス原体さえ手に入ればもっと今の生活が楽になるし、もっと子供たちも増えて、もっと楽しくなるんだろう。
だから、私はあの人たちを探している。
――――――――……せ。
悪夢とはいえ、意外と名前ははっきり覚えているものだ。
――――――……返せ。
たしか、ジョナス、サイモン、シャーロット、メリッサ、スペンサー、ヴィンセント。
――――……取り返せ。
彼らに会って奪われれれたわわわたし僕のヘクスを取りりりり返すすすすすす取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り殺す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返す取り返――――
「――だぞ? あるじ?」
「……うん」
隣に並んで歩くティアに私は相槌を打った。
「……ちゃんとわかってくれればそれでいいんだぞ」
「ふぅん?」
なんだろう。おかしな子だ。
それはともかく、最近になってやっとヘクス原体を持った人の居場所を特定できたのだ。
今日はそれを回収しに、ティアについてきてもらっている。
きっと計画が再始動したことを話せば、ヘクス原体を渡してくれるとは思うけど、万が一に備えて、だそうだ。
私の身体はオートマトンと同じとはいえ、ティアのように戦闘は出来ない。
なぜなら、私はヘクスを持っていないし、使い方もわからないからだ。
いくら人間より頑丈だといっても、当然限度がある。銃で撃たれれば穴が開くし、ヘクスのエネルギーをぶつけられたら壊れてしまう。
その点、ティアは警備用のオートマトンの上位モデル。荒事だけでなく、この艦内のシステムについても詳しい。頼りになる存在だ。
ちょうどいい高さにあるティアの頭を撫でながら、私は薄暗い廊下を進むのだった。
◇ ◇ ◇
「くそっ……! くそう!」
最低限の明かりだけをつけられた会議室で、スペンサーはモニターを見て悪態をついた。
「チーフ。やはり先月と比べても、どのヘクスも供給エネルギーが落ちています。このままではフードプリンタの電力すら補えなくなります」
部下の言う通り、モニターに表示されているグラフは日ごと緩やかに下がり続けている。
しかし、その間にも出来うる限りの実験や対処を行ってきたはずだ。そんな努力など意に介さぬかのような一定の減少量に、スペンサーは苛立ちを隠せない。
「そんなことはわかってるさ! その原因を調べるのが君たちの仕事じゃないのかい!?」
スペンサーは報告してきた部下たちを睨み、唾を飛ばした。
「しかし、我々のヘクスは模倣品に過ぎません。根本的な調べるのなら原体……」
「僕にヘクスを差し出せっていうのか!?」
部下たちは困惑しつつも反論してくる。
その目が自分の右腕に埋め込まれた六角形の結晶に向いていることに気づき、スペンサーは叫びながらそれを抱えた。
「い、いいえ、違います。調査の必要があると言ってるんです……。決して奪おうなどと――」
「いいか!? 僕のヘクスに指一本でも触れてみろ!? 誰だろうとその場で殺してやる! そういう力があるんだよ! 僕には!」
そうだ。僕は選ばれた人間なのだ、とスペンサーは自分に言い聞かせる。
そもそも部下たちがいくら調べても、ヘクス原体を調べなければ真相にたどり着かないことくらいはわかっていた。
原因を究明できるとすれば、自分しかいない。それはスペンサーの自信から来るものであり、同時に客観的な事実でもある。
サンプルを所持していて、このヘクス原体と遺伝子工学関連の研究していたのはスペンサー自身なのだから。
だというのに、供給されるエネルギー減少の原因にスペンサーはたどり着かない。
マザーコアから多次元空間を通ってヘクスに運ばれるエネルギー自体に損失はなく、マザーコア全体の供給量にも異常は見られない。
もし異常があるとすれば自分のヘクス原体に何らかの変化があったということだ。
どうすればヒントを得られる? どうすれば原因を突き止められる? どうすれば減少を止められる?
スペンサーはその場に立ち尽くしたまま、思考を回転させる。ふと気づくと、すでに部下たちは会議室を去っていた。
「役立たずどもめ……!」
乾いた唇の皮の嚙み切りながら、スペンサーはひとり毒づくのだった。
◇ ◇ ◇
私たちは目的の場所にたどり着いた。しかし、ここまで来るのにかかったのはなんと3時間。その間はずっと同じような廊下が続いていて、どんだけ広い宇宙船なんだと辟易する。
途中、持って帰りたい物資も見つけたから、ちょうどいい探索が出来たと思えばそうなんだけどね。
目的の場所は今までの廊下と違って電気が灯っていた。湿気も少なく、空調が動いているのかな。人が住んでる証拠だ。
私は手近なドアをコンコンと叩いてみる。
「すみませ~ん!」
あれ、この時代にもノックという文化は残っているのかな? と、どうでもいいことを考えつつ待っていると、恐る恐るといった感じでドアが開く。中にはこちらに銃を向けた男がいた。
とりあえず私は手を上げて敵意がないことを伝える。
「だ、誰だ? オートマトンだよな?」
「あ、私は人間です~。アドニシアって言います。すぺんさーさん? っていますか?」
そう告げると、男は戸惑いながらも聞き返してきた。
「お前ら……どこからきた? ジョナスのグループか? それともサイモンか?」
「クレイドルです。ちょっとおつかいで~」
クレイドルと聞いて、男の警戒心が少しだけ和らぐのがわかった。きっと他のグループよりかはマシだと思ってくれたんだろう。
男は軽く頷くと、「少し待て」と言ってドアを閉める。
しばらくして、再びドアが開き、私たちは意外とすんなり中に入れてもらえた。
ドアの奥はロビーのように広い空間だった。
十人ほどの拳銃を持った男たちが壁に立っている。じろじろとこちらを窺うような視線にティアが私の前に出てくれた。
お世辞にも歓迎されてるっていう雰囲気じゃなさそう。こっちは女の子2人だけなのに!
すると、奥の階段からコツコツと足音がして、誰かが降りてくる。
「私に用があるというのはなにかな? クレイドルから来たんだって?」
そう声をかけてきたのは、眼鏡をかけた中年の男性だ。
――スペンサー……。
見覚えがある。あの男はスペンサーだ。夢の中で両足を切り落とした男だ。
言葉づかいは親切そうだが、声の響きに私が苦手なものを感じる。上から目線というか、馬鹿にしてるというか、……考えすぎかな?
周囲が警戒しているにも関わらずグイグイと距離を詰めてきて、私は思わずティアの肩を掴んでしまう。
あ、私のこの人好きじゃないわ~……。
「ティア、この人でいいんだよね?」
「うん。識別番号D-004AS、個体名称スペンサー・プリチェット。間違いないぞー?」
しゃがんで耳打ちすると、ティアは大きく頷いた。さすがはティアだ。私と違って周りの男たちに気圧されていない。頼りになるなぁ。
「はい。アドニシアといいます~」
「クレイドルにまだ人がいたとは驚きだ。君がそのオートマトンのマスターかい?」
この人、どんどん自分で話してくるな~、と思っていると、ティアが腰に手を当てて答える。
「あちきのマスターはあるじだぞ」
「ティア、それ説明になってないよ~」
天然のボケをかますティアに、私は柔らかくツッコミを入れた。
どうだこのおバカさんは。うちのティアは可愛いだろう? と周囲を見るが、あまりウケていないようだ。悲しい。
「最初見た時は君もオートマトンかと思ったよ。随分と綺麗な顔をしているからね」
スペンサーは大袈裟に腕を広げて、嫌な笑みを浮かべた。やっぱりこの人は何か良くないことを考えてる!
「そうですか? 私なんかよりうちのティアの方が可愛いですよ~」
「いいや、しょせんオートマトンは作り物だ。上位モデルでもデザイナーの思惑が透けてみえて良くない。こういう表情なら可愛く見えるだろうだとか、決められた範囲でしか動かない表情など、見ていて飽きる。そう思わないかい?」
「はぁ……」
え? 私はもうあなたの話に飽きてますけど? と思いつつ、愛想笑いをして首を捻る。
「護衛のオートマトンも1体だけじゃ不用心じゃないかな。それにアドニシア君? 見たところヘクスを持っていないだが?」
こめかみに指を当てながら、私の身体を舐めるよう見ている。あれは頭に埋め込んだチップで端末を操作しているらしい。例えるならスマートフォンを弄っているようなものだ。今のスペンサーもカメラで動画を取っているようなものだといえばわかりやすいかもしれない。
いや~、すっごい気持ち悪いなこの人~……。
すでに私の顔には嫌悪感が滲み出てしまっている気がするが、ここは踏みとどまって大人の態度でいくことにした。
「そうなんです。私持ってなくて……」
「なら我々のグループに入るといい。ヘクスも貸してあげよう!」
いやいや、なんでそうなるの。先にこっちの用事を聞くのが先でしょ!
と内心怒ってみたが、やっぱり最初からそういうことなのだろう。
思った通り、周囲の男たちが壁から一歩、前に出てきた。
もはや私たちを大人しく返すような気配は微塵も感じられない。
この状態で「嫌です!」と逃げても、すぐに捕まってしまう気がする。ここは相手を刺激せずにゆっくりと距離を取ろう……。
「わ、わぁ~! ありがとうございます~! じゃ、じゃあ――」
私は作り笑いを浮かべながら、少しずつ下がろうとして、それを見た。
「私にはオリジナルヘクスがあるからね。不自由はさせないさ」
スペンサーが袖をまくってみせた六角形の結晶。
あれがヘクス原体……。
その瞬間、私の脳裏にあの悪夢が蘇っててててててててててあああああああ頭がいいいいい痛いいいいいい――。
震える唇が動く。
「――じゃ、じゃあ……」
――――――――。
――――。
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