二通目


     【  施 設 案 内  】



長瀞ながとろクローズドサークル』――

 ここは、本格ミステリーの世界観を体験できる屋外型テーマパークです。


 テーマパークと聞いて一般に思い浮かべるイメージとしては、

 園内を賑わす愛らしいマスコットキャラクター。

 絢爛なパレードに、華やかなショー。

 手に汗握る絶叫アトラクション――などが挙げられますが、

 

 そういった娯楽要素は、当パークにはありません。


 ここにあるものは〝やかた〟――

 ただ、それのみです。


 しかし、本格ミステリーを心から愛する皆様方にとっては〝館〟という言葉がもつ魔力ほど心に訴求するものは他にないはず。


〝館ものミステリー〟――

 旧家の屋敷や古びた洋館を舞台に、閉鎖空間内クローズドサークルで起こる連続殺人などを描いたミステリーがそのように称されることは、いまや世間にも広く知られております。

 なかでも推理作家の辻浦彩人つじうらあやと氏が手掛けた一連の『○○館の殺人』シリーズは、ブームの火付け役ともなった本格ミステリーの金字塔。

 謎と謀略が渦巻く奇怪な館の数々は本格ミステリーと切っても切り離せないものであり、いつの時代もファンを魅了してやまない存在です。


 当パークの唯一無二にして最大の売りは、まさにその〝館〟です。

 三十ヘクタールの敷地面積を有する当パークの園内は四つのエリアに分けられており、その各エリアには合わせて十五をこえる〝館〟が展示されています。

 それらはすべて、氏の作品群をはじめとした『館もの』で惨劇の舞台となった建物が、小説で描かれた姿のまま忠実に再現されたもの。


 ここは、ミステリー小説の世界観に浸りながら、原寸大の〝館〟と触れ合うことができる画期的なコンセプトのテーマパークなのです。


 作中の描写や巻頭の見取り図から丹念に拾い上げた情報に基づき、著者本人の監修と選りすぐりの職人の手によって立体化した当パークの〝館〟は、まさに読者が思い描いたイメージそのまま。


 その特徴的な外観はもちろんのこと――

 建物内部の構造に加えて、

 トリックに関わる隠し通路や仕掛けの数々、

 現場に遺された証拠品、

 そして、傷や血痕といった惨劇の生々しい爪痕の一つひとつに至るまで、あますことなく完全再現されております。


 同封の園内マップをご覧ください。

 環状に囲われた敷地内。その円の中心部にある、ひときわ目を引く特徴的な建物がおわかりになりますでしょうか。

 まるで直線だけで描かれたサッカーボールのような、正五角形をいくつも張り合わせた球状の物体。ミステリー小説の愛好家であれば、誰もがこの姿に見覚えがあることでしょう。

 こちらが当パークの象徴シンボルにして、本格ミステリーの代名詞ともなった異形の館――すなわち、


正十二面体館せいじゅうにめんたいかん】。


 言わずもがな、辻浦彩人氏の代表作である『正十二面体館の殺人』で舞台となった館です。

 虚構フィクションの世界より顕現した正十二面体館――

 その驚異的な再現度の高さに、実物を目にした人は思わず息をすることも忘れてしまうことでしょう。

 長年に渡り、ファンの間で「時空を捻じ曲げない限り物理的に再現は不可能」と揶揄された内部構造さえも、当パークは完全再現することに成功いたしました。


 また、この正十二面体館を中心に据えた〝中央エリア〟には他にも、

 巨大な時計塔の【刻針館こくしんかん】や、

 建物自体が三次元の立体迷路と化した【迷宮館めいきゅうかん】など――

 辻浦氏が手掛けた同シリーズの館が漏れなく揃っております。


 残る三つのエリアについても簡単にご説明します。


 まず、中央エリアの西側にあるのが〝ハイテクエリア〟。

 ここでは主に、理系ミステリーに登場する館が集められています。

 理系ミステリーといえば、代表的な作家として『φは奢ってくれたよ』や『θが食べ終わるまで待って』でおなじみの大盛太嗣おおもり ふとしの名が挙げられますね。

 最先端の科学技術を駆使したトリックで界隈をおおいに賑わせた、その道の偉大な先駆者です。

 このエリアで目玉となるのが、彼のデビュー作に登場した【孤島のハイテク研究所】。

 天才科学者・四季折々しきおりおり博士の住まいを兼ねたこの研究所では、密室と化した地下の穴蔵で〝首無しの花婿〟が皆さまをお待ちしております。


 つづいて、パークの東側は〝幻想エリア〟です。

 ここには主に、二千種類の蝶で華々しく彩られた【バタフライ館】や、不思議の国の童話を思わせる【ワンダーアリス城】などの、蠱惑的な幻想の世界が広がっており、


 そして――


 北側の〝時代エリア〟では、旧日本軍の実験施設を模した【百鬼のはこ】や、驚天動地の物理トリックで有名な【かたむき屋敷】などがあります。


 これら一つひとつの館こそが、言わば当パークにおけるアトラクションであり、愛すべきマスコットキャラクター。

 正式な開園を迎えたあかつきには、園内の館はすべて宿泊施設としてお客様にご提供させていただきます。

 いずれの館も原作通り、細部に至るまで精巧に造りこまれております。

 ご宿泊された方は誰もがみな、ミステリー小説の世界を存分に満喫していただけることでしょう。

 探偵役として事件の痕跡を調べてまわるも良し、犯人になりきって闇に身を潜めるも良し、あるいは襲撃者の陰に怯えながら一晩中ずっと自室に閉じ籠るというのも、また一興でございます。


 このたび、ご招待した皆様方には、上記のほか園内のいずれかの館にご宿泊いただき、プレオープンの夜をお楽しみいただければと存じます。

 お手数ではございますが、招待状をお受け取りになられた方は、参加の可否とご希望の館を記入のうえ、同封の返信用封筒にて下記の住所までご郵送ください。

 なお、各館にて部屋数を上回る数のご応募があった際には、第二、第三候補の館に振り替えとなりますことをご了承いただきますようお願い申し上げます。


※原作において使用人の存在が確認できない館につきましては、夕食などの一部サービスが行われていない施設もございますので、

(貯蔵されている食料は原作に準拠した内容でご用意がございます)

 そちらも併せてご留意いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。


 皆様のご来園を従業員一同、心よりお待ちしております。

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