情熱は薄桃色の蕾のごとく
紫陽_凛
オ・スッパイスキー姉妹をめぐるある学芸員の解説
この度は当美術館をご観覧いただき誠にありがとうございます。本日は、私が僭越ながらガイドを務めさせていただきます。
ほう、ニホンの学生さんでいらっしゃいますか。なるほど、美術史で卒論を書かれるのですね。それでこちらに。
ならばここにきて正解です。このムネ・パイ市において、オ・スッパイスキー姉妹を調べようと思ったら、ここが一番詳しいので。
はい、展示室はこちらです。わからない言葉があったら遠慮なく「
お客さまはオッパオ語が堪能のようですので、無用な心配かもしれませんが。
アリーゼ・オ・スッパイスキー(???〜1994)とナイワ・オ・スッパイスキー(???〜2000)の姉妹については諸説ございまして。最近まで精力的に活躍されていた高名な油画家の双子姉妹ですがね。
アリーゼとナイワはともに男性の裸体を描くことを得意としておりました。ご覧ください。こちらはアリーゼの初期作「薔薇の蕾は芳しく」です。この作品には薔薇は一輪も描かれておりませんが、サイケデリックな緑の肌色の中、胸のしかるべきところに、二輪の薔薇のごとく真紅の……ええ、これがアリーゼの主張なのです。お客様、ツウでいらっしゃる。
そしてこちらがナイワの「美しき男」です。陰影がはっきりとした白黒調の男性の裸体ですが、アリーゼの作品にはあるものが「ない」のがお分かりいただけると思います。つるりとした胸筋の艶といい形といい、男性体を流線のみで描き上げ、極めて「男らしさ」を強調した作品なのですが、アリーゼはこれを見てナイワに「無いわ」と言ったそうです。
アリーゼとナイワは公私共に親しい付き合いをしていたのですが、この点ばかりはどうしても、相容れなかったのですね。
アリーゼの名言にこんなものがあります。お客様はご存知でしょうか。
『男性にあの美しい蕾が存在することを誰も忘れてはならない』
それに対してナイワは、『生きていていっさい使わないものになんの意味があるの』と返したとか。
アリーゼはこう反論いたしました。
『無いわ。でもねナイワ。私たちにも無用の真珠があることを忘れないことね!』
ナイワはそこで激昂したとされています。なぜかは……私にも分かりかねます。
アリーゼは彼女の愛する「薔薇の蕾」を欠かさず描き込み続けました。男性の胸にはそれが不可欠であるというのがアリーゼの信条です。『人間の美しさを表現するのに何一つ削ぎ落としてはならない、ミケランジェロのダビデ像をごらんなさい』という言葉も有名ですね。しかし、彼女は男性の下半身にはあまり興味がなかったようなのです。
こちらが晩年作、『フェチズム』です。バストアップの構図で、横向きの男性にいばらの蔓を巻きつけ、その豊満なバストを強調した上で、そこここに薔薇の花を咲かせております。薄桃色の控えめな二つの頂点は、腫れているようにも、艶めいているようにも思われます。このモデルはアリーゼの夫の「ティク・ビン」とも、愛人であった「ヨワチ・クビダ」とも言われております。
私はヨワチの方だと思っています。この腫れ具合、色づき具合、それから豊満かつ男性的なこの胸筋のありさま。ヨワチ以外あり得ないと思っております。
実のところ、ヨワチはナイワの夫でもあったのですが……。アリーゼはそのヨワチの秘された美しさをこのような形で表現されたのだと。
ナイワは、常にヨワチをモデルとしておりましたが、やはりその肉体美に不要なものは削り落として描いていたようですね。
ヨワチ・クビダの肉体美もさることながら、それを一本の線で思い切って描き上げるナイワの手腕。ナイワの思い切った線の中に浮かび上がる胸筋、そのすこし弛んだ脂肪まで、その形にこだわり続けたのはナイワの一つの特徴です。モノクロの線画の中に浮かび上がる男性性の見事さは、まさにナイワ・オ・スッパイスキーといえましょう。
しかしアリーゼの描いた『フェチズム』におけるヨワチ・クビダのちく……失礼、この「胸の飾り」は、男の私さえも見惚れるような色香を放っておりますね。
アリーゼは常に直接的な表現を避け、「
ナイワはナイワで、「アリーゼ、無いわ」と言葉を残しておりますがね。
これが美術界をアリーゼ派、ナイワ派に分ける発端となった、二人の姉妹の逸話になります。何かご質問はございませんか。
ああ、そういえば、ニホンには同人文化がありますね。これも、オ・スッパイスキー姉妹の影響を受けているのではないかと、最近の研究で発表しましてね。攻めの「胸の飾り」を描かないのはナイワ派の影響であり、対して受けの「薔薇の蕾」をこれでもかと描き込む文化はアリーゼの影響とされています。──まあ、私の論でもありますが。
ええ、そうなんです。その論文を書いたのは私です。『オ・スッパイスキー姉妹に関する薔薇の表現』。アルナシ・カンケイナシ・オ・スッパイスキー。それは私です。
二人は私の叔母なのですよ。ははは。
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