第二章:立、ラグナグムス家の人と竜
第一話
「シグルを、立てる」
ある朝、自らの執務室に部下を招いて、夏山星舟はそう宣言した。
立てる、という言葉は多数の趣を帯びている。
話の流れ、彼の目的や立場を思えば、
『幼君擁立』
を意図しての言であることは容易に理解できたが、一同の反応は星舟の予想を下回った。
経堂は黙々と銃の部品いじり。子雲は縁と土地柄と立場を利用して星舟が苦労して海外から取り寄せた軍事教本を流し見ながら、
「『擁立』より『自立』の方が先だと思いますがねぇ」
などと軽く野次を飛ばす。
「良いんだよ、無能だろうと引き篭もりだろうと。いや、むしろそっちの方が助かるってもんよ」
「傀儡にする、と?」
「あぁ、抱き込んじまえばこっちのもんよ。あの飲んだくれの母親は、若いのに跡を譲って隠居して、好きなだけ酒を浴びてりゃ良いのさ。飲む・打つ・買うの三拍子で国家の財産を浪費するバカはな」
さながら三行半を叩きつける多分に怨みの籠ったように吐き捨てた。
「そのうえで、あんたがこの南方領を牛耳る」
経堂が、銃身を拭う手を止めた。
「そんなに上手くいきますかね。ハンガ氏も真竜だ。下手に飲んだくれと侮って焼かれなきゃ良いですが」
「……侮っちゃいない。そこについても、考えてるさ」
ブラジオ・ガールィエの死後、経堂の真竜に対する見方は、少し変わったように思えた。
以前は捨て鉢気味に、自身の人生さえ投げやりになっていた感もあり、彼らに対する恐れもない代わりに敬意もないような男だったが、ふとした拍子にそうした見方の変化を覗かせるようになった。
彼自身にとってそれが幸か不幸かは置くとしても、人と竜の意識の変革を目指していた星舟にとっては喜ばしい変化だった。
「ま、良いんじゃないですか。どうでも」
(こいつは変わり過ぎだけどな)
またも揶揄を飛ばして噛みついてくるシェントゥはしかし、賛同寄りの中立的立場を表明した。
髪を後ろに束ね、背を伸ばして直立する彼女は、横を向けば女に、正面で対すれば少年のように見える。
「野心覇道大いに結構。たとえ分不相応だったとしても、獣道を行かなければ、どのみちあの男には追いつけない」
そんな彼女の発言、いや口を開くこと自体に、星舟を除く男たちは辟易したようだった。
「いつまでも昔の男の話する女は、嫌われるぜ、『坊主』」
と経堂が睨み上げれば、
「であれば、その昔の男を上回る器量と気概を見せつけて欲しいものですが」
「まぁ、それはそうですな」
「お前、減俸」
「そういうところが器が小さいってんですよ」
どっちに肩入れしているのか分からない、相変わらずの子雲のコウモリぶりに、思わず処罰の言葉が吐いて出た。
あの男、昔の男。言わずもがなサガラ・トゥーチのことである。
「別に、あいつを意識しての決定じゃねーよ」
完全に、とは言いがたいまでも、ことこの方針に関しては、サガラの影は追ってはいなかった。
「だったら、その焦燥の所以は?」
シェントゥに問われ、星舟は隻眼を傾けた。
その視線と意図を受けた恒常子雲は、本を閉じて顔を上げた。居住いさえ正せば彼は、立派で善良な士官である。
「藩王国操船奉行、日ノ子開悦がこの東岸地方に着任。海軍処なる軍事施設を設け、その士官を教練中だとか……従い、近々、海戦も視野に入れた侵攻があるものと推察されます……つまりそれまでに、この酔っ払いの旧態然とした地を、不抜の要害として固める必要がある、と」
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