第58話 罰ゲーム
六道グループ本社に内設された医務室には精密機械も多数あり、俺は全身を検査してもらうことができた。
結果として、怪我の具合はそこまで酷くはなく、入院の必要はなし。後遺症や傷跡も残らない、とのことだ。あんだけボコられたのにこれだけのダメージで済んだのは俺の丈夫さゆえか、それとも鷹峰が後遺症が残らないような武術だけを選んでくれたのか、わからない。とにかく病院に行く必要はなくなったので、ミルキーさんには病院ではなくバイト先の最寄り駅に運んでもらった。
「……バイトは休みたくねぇからな。裏方だからこの傷でも大丈夫だろ」
今日は日曜日、10時からバイトがある。
俺はバイト先のメイド喫茶、その裏口に回る。すると裏口のすぐ側で、シガレットを咥えた男性が立っていた。
タオルを頭に巻いた茶髪のイケメン、店長だ。
最近は用事があるとかで長期休みを取っていたのだが、
「あ、久しぶりです。店――」
「有給にしといてやるから帰れ」
「え? いや、この怪我なら大丈夫ですよ。料理はできます」
「いいから帰れ。もし傷口から血が垂れて料理に入ったらどうすんだよ。今日から俺、復帰するからキッチンは大丈夫だ」
店長がそう言うならおとなしく休むか。
下手に粘る方が迷惑だろう。正直な話、休めるなら休みたい。
「わかりました。すみません、失礼します」
「念のため明日も休めよ」
「ありがとうございます。了解っす」
踵を返し、駅の方角を向く。
「――お疲れさん」
「え?」
振り向くと、扉がバタンと閉まり、店長の姿はなかった。
「お疲れさんって、俺なにもしてないんだが? ここまで来てお疲れってことか?」
わざわざ追いかけてまで聞くことでもない。
俺は駅に向かった。
---
六道先輩の家に置いてきた荷物は後日、改めて取りに行くことにした。
今日は久々の我がマンションに帰る。
「ただいま~……ってそっか、瑞穂は居ねぇんだった」
真っ暗な廊下を歩き、部屋に帰る。
やっぱり自分の部屋は落ち着くな。誰もいないから余計に落ち着く。
クーラーをつけ、ベッドに座る。
「ふ~」
蝉の鳴き声。クーラーの音。窓から差し込む日差し。
ベッドに横たわり、夏を全身に感じる。
この熱気がクーラーの冷気によって押し返されていく時間……この時間がたまらなく好きだな。
10秒後には寝てるだろうな。と思って10秒数える前に、俺の意識は沈んでいった。
---
チャイムの音で目を覚ました。
まず時計を見上げる。時間は夜の7時。こんな時間に誰だ? と思いつつ、玄関に行く。
覗き穴から来客を見る。
「げっ!」
青い髪の女子が立っていた。
――アオだ。
まずい。無茶をしないと約束したのに、今の怪我だらけの姿を見られるのはまずい! ここは居留守を貫こう!
「……部屋の電気、
俺の気配を察したであろうアオが言う。
仕方なく俺は扉を開けた。
「……」
「えーっと、だな」
アオは俺の怪我を見ると、何も言わずに部屋に上がった。
「今日は私がご飯を作ってあげる。兎神君はおとなしくしてて」
アオはヘアゴムで後ろ髪を結び出す。
「いいよ別に」
「怪我人はおとなしくしてなさい」
「料理ぐらいでき――」
「針千本、飲みたくないなら言う通りにして」
アオの目がガチだ。この目のアオはホントに譲らねぇからなぁ……。
「わかったよ……任せる」
約束破ったのは俺だしな。言う通りにしよう。
キッチンで料理するアオ。
俺は食卓で料理ができるのを待つ。
「なにか手伝うか?」
「大丈夫」
「……お母さん、心配しないのか? もう夜だぜ」
「連絡は入れてあるし、そもそも部屋となりだよ? 心配する必要ないでしょ」
「そうでござんしたね……うし、じゃあご飯は俺がよそうぜ」
「私がよそうから。もうっ! ジッとしてなさいって!」
「……はい」
料理が運ばれてくる。
アオが作ってくれたのは野菜たっぷりのクリームシチューだ。俺の怪我を気遣ってか、具材は食べやすいよう細かく刻まれている。
俺とアオは向かい合い、手を合わせる。
「「いただきます」」
クリームシチューを一口食べる。
「ん! うまい! 鶏肉やわらかっ! 米もベストな炊き加減だ。へー、お前、料理の腕上げたなぁ」
口の中でとろける。
このまろやかなコク、豆乳と味噌を入れてるのか。さっき一度アオが家に具材取りに行った時、豆乳がアオの手荷物にあったから間違いない。
「……まぁ、作り慣れてるし」
気取った感じでアオは返すが、口元は褒められた嬉しさを隠せないようで口角が上がっている。
「はーっ! 食った食った!」
「片付けるね」
アオは食器を片付けていく。さすがに悪いな……元はと言えば俺が約束を破ったわけだし。
「いいよ。食器ぐらい自分で……」
俺は皿を持って、一歩踏み出す。
「ぐっ!」
脇腹の傷口が痛み、バランスを崩しかける。
「おっとっと!」
なんとか皿は落とさずにすんだ。が、後ろに怒気を感じる。
「兎神君……」
「な、なんだよ。別に落としちゃねぇだろ」
俺は皿をシンクに置く。アオはソファーの方に行って、手招きする。
「兎神君、こっち来て」
「お、おう」
アオはソファーに座って待つ。
俺がソファーまで足を運ぶと、アオはポンポンと自分の膝を叩いた。
「ほら。ここに寝て」
「膝枕って……お前、ガキじゃねぇんだから」
「ガキだよ! 忠告したのに、無茶してそんなに怪我作って……あんまり、心配させないでよ……」
か細い声でアオは言う。
ごねるとまた怒られそうだな。でも、さすがに恥ずかしい。
「……普通にベッドで寝るんじゃダメか?」
「ダメ」
駄々っ子のようにアオは言う。
屈辱だが……しゃあない。
「……よっと」
俺はアオの膝の上に頭を乗せる。
柔らかいけど、弾力のある感触を感じる。な、なんか、スカートの上はまだいいんだけど、生身の部分は……生暖かくて、むず痒い。
「今日はここでジッとしていること。それが約束を破った罰ゲームだよ」
上を見ると、まず視界に飛び込んでくるのはアオの控え目だが突き出ている胸。胸越しに顔が見える。
なんだか恥ずかしくて寝返りを打つと、今度は頬に生々しい膝の感触を感じてしまう。に、逃げ場がない……
アオはトントン、と母親が赤ん坊の背中を叩いて寝かしつけるように、俺の体を叩き始めた。
「だから、ガキじゃねぇって……」
と口では言いつつ、俺は眠気の渦に飲み込まれていった。
「……おやすみなさい」
母親に抱かれた赤子のように、俺は眠りについた。
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!
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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!
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