第37話 小悪魔の囁き
瑞穂には明確に拒絶されてしまったし、実質選択肢は二つ。
綺鳴かアオだ。
「誰と結婚するのが兎神くんに一番利益があるか、考えなくてもわかるよね?」
「……私が操作しているキャラは兎神さんの最推しであるかるなちゃまですよ~? だいふくとして、かるなちゃまを選ばないわけないですよね?」
ゲーム的にはアオを選ぶのが最適だ。アオを選べば俺は一位になれる。
しかし目の前に綺鳴が居て、かるなちゃまを選ばないのもまずい。
でもどっちを選んだところで後腐れあるだろ。どうしたものか……なぜ結婚しないという選択肢がないのか開発者に問いたい。
本来いいパネルのはずなのに、とんだ災難だ。
「それで兎神さん」
「私と綺鳴ちゃん、どっちと結婚するの?」
一番ダメージの少ない選択肢。
それはやはり……、
「……」
俺はヒセキ店長の名前にカーソルを合わせ、ボタンを押し込んだ。
「はぁ!?」
妹の瑞穂は自分が選ばれたというのに、とても不服そうな顔だ。ガン睨みである。
「ちょっと、マジ気持ち悪いんだけど! 妹選ぶとかありえないっつーの!!」
「兎神さん……」
「兎神くん……」
「実はシスコンなんだよ……俺」
瑞穂が耳元で「チキン野郎……」と囁いてきた。
これでいい。コイツの罵詈雑言などすでに聞きなれている。
結局、ゲームは瑞穂がダントツトップでゴールした。
---
ゲームが終わるとちょうど18時になった。
俺と瑞穂は綺鳴とアオを玄関まで見送る。
「それでは今日はこれで失礼します。楽しかったですっ!」
「兎神くんがあんな逃げの選択しなければもっと楽しかったけどね~」
意地の悪い目つきでアオは見てくる。
「ほんと、
「いいだろ。おかげでお前が優勝できたんだから」
ちなみに俺は2位、綺鳴が3位でアオがビリでした。
綺鳴が玄関ドアを開けて外に出る。
「うわ、思ったより外暗いです……」
ホントだ。もう月が見えてやがる。
「兎神くん、綺鳴ちゃんのこと家まで送ってあげたら?」
「そうするか」
アオはそのまま家に入り、俺は綺鳴と一緒にマンションを出た。
「楽し過ぎて、あっという間に時間が過ぎてしまいましたね」
「一応
「いえいえ、明日の大運動会のウォーミングアップにはなりました!」
「それなら良かったよ。本当の本当に、今回俺は全身全霊で黄色組を応援するからな!」
「高校の体育祭の時はボケーッとしてたのに、こっちはめちゃくちゃやる気ですね……エグゼドライブの運動会は兎神さんが出るわけでもないのに」
「体育祭の思い出とかもうほとんどねぇな。ああ、でも一つだけ記憶に残ってることはあるな」
「え? なんですか?」
「お前が借り人競争で、半泣きで“友達”って書かれた紙を持ってきた時」
「うっ……だって麗歌ちゃんは妹だし、アオちゃんは風紀委員の仕事で居なくて、兎神さんしかいなかったんですもん……」
「だからって涙目になることはないだろ」
「普通、友達と言えば同性の人を連れてくるものです! あのお題で男子を連れて行くのは本当に恥ずかしかったんですよ!」
顔を赤くして、俯き気味に、涙の浮かんだ目で俺を見てくる綺鳴は可愛すぎた。あの顔は一生忘れないだろうな。
小さな思い出話に花を咲かせている内に朝影邸に到着した。
「そうだ! 麗歌ちゃんより伝言を頼まれていたのでした!」
「おう、なんだ」
「明日の大運動会が終わった後、6期生だけの反省会があるんですけど」
「それは知ってる」
もちろん見るつもりだ。
「……その反省会の最後に、6期生についてのある告白をします。それをちゃんと聞いてください。その内容は兎神さんにとって凄く、驚くべき事柄だと思います」
「……えっと、それは悪い意味でか?」
「どうでしょうね~。どっちかっていうと嬉しいこと、だと思いますよ」
綺鳴は小さく笑い、
「明日の配信を楽しみにしていてください」
と家に入ろうとする。だが、
「ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「きょ、今日はないのか? いつも別れ際にする、アレ……」
綺鳴は小首を傾げた後、俺が求めていることを察してニターッと笑った。
「あ~。まったく、欲しがりさんですね~」
クソガキ感満載の声で綺鳴は言う。
「それじゃ、目を閉じてください」
「はぁい!」
目を閉じ、屈んで待つ。
胸の音がどんどん強くなっていく。
……。
……。
なんだ、今日は長いな。この放置プレイはきつすぎるぞ!
「だいふく」
びくん、と肩が跳ねた。
息が鼻に当たった。耳元じゃなく、正面。それもかなり近い距離だ。
決して甘い香りではなかった。クッキーとコーヒーの香りが混じっていて、人間味満載の息の匂い。それが逆に俺の中のいけない神経を刺激し、興奮作用をもたらす。
「……私を選ばなかったこと、一生許さないんだからね。ばーか」
かるなちゃまの罵りボイス! これはこれで背筋にぞくっと来るものがあるぞ!
瞼を開くと、綺鳴はすでに玄関のところまで移動していた。
左手の人差し指で下瞼を下に引っ張り、
短い舌を「べー」と出す。最後にクスりと笑って家に入っていった。
「ぬっ、お、お、お……!」
かるなちゃまボイス+可愛すぎる仕草!
思いっきり叫びたい衝動に駆られるが、大声を出すわけにもいかないのでその場でシャドーボクシングをして発散する俺氏。
「シュッ! シュッシュ!! シュッ! シュシュ!!!」
「……人の家の前でなにしているんですか?」
「しゅわあっ!?」
麗歌の引き気味の声が背後から聞こえた。
振り返ると、声同様ガチ引きの麗歌が立っていた。
「……」
「ま、待ってくれ。事情を聞いてくれ」
麗歌はそそくさと門をくぐり、玄関から家に入り、ガチャン! ガチャン! バチィン! と恐らく上下のカギとドアガードまで締めたのだろう音を弾き出した。
「――こほん」
俺は小さく咳払いし、顔を真っ赤に染めたまま家へと帰ったのだった。
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