第33話 体育祭? 終わったよ

 6月下旬には体育祭があった。


 ただ俺にとって高校の体育祭は特筆すべきイベントではない。ウチの体育祭は親などの一般客なしでやる小規模なもので、本気で勝つ気なのはリレーの面子ぐらい。ちょっと競技をこなせば後はほとんど自由の楽なイベントだ。


 だからあっさりと、過去形で流させてもらった。今はもう7月上旬である。すでにどの組が勝ったか忘れた。


 目の前に夏休みを控えるこの7月は高校生にとって落ち着かない季節。運動部は先輩もしくは自分たちの最後の大会が近づき、受験生は夏期講習に臨む。


 受験生でも運動部でもない俺も、ある大切なイベントを控えていた。それは――


「エグゼドライブの大運動会が始まるぞぉ!!」


 昼休み。

 校舎裏の芝生の上で大声で叫ぶ。

 俺の言葉を隣で聞いていた日比人は拳を振り上げ「おー!」と乗ってくれた。


「いよいよ来週だね! 僕も楽しみだよ!」


「ああ……年一回の大イベントだ!」


 説明しよう!

 エグゼドライブ大運動会とは毎年この時期におこなわれる全エグゼドライブ生参加の運動会だ。種目は12種目あり、全部ゲームである。


 赤・青・黄・緑の4チームに分かれ、勝負することになっている。エグゼドライブに所属するVチューバーのファンが全員見るため、ここで活躍すると他のVチューバーのファンを引き込むことができるため、どのVチューバーもガチでやる。


 ちなみに総合司会の二人はどの競技にも参加しない。そして今年の総合司会の片方はハクアたんのため、ハクアたんは競技に参加しない。ブレシスは多少できるようになったとはいえ、ゲームの腕はまだまだ未熟だから外されたのだろう。あとハクアたんは司会がめちゃくちゃ上手いのも司会をやる理由の一つだろうな。


 かるなちゃまは黄色組! だから俺は当然、黄色組を応援する!


「今年は黄色組を全力応援だ!」


「……ごめん、兎神くん」


 日比人はそう謝ったあと、緑のハチマキを頭に巻いた。


「お前、まさか……」


「僕は緑組を応援するよ」


「なに!?」


 俺は日比人の肩を掴み、


「ど、どうしてだ……? 俺たちは友達だろ?」


「本当にごめん。でも、僕の推しは緑組に入ってしまったんだ」


「はっ! そういやれっちゃんは……」


「緑組なんだよ」


 ちぃ! なんて運命のいたずらだ。

 組分けはゲームの能力が均等になるように決められる。例え同じ6期生でも別のチームになることは大いにありえるのだ。実際、かるなちゃまもれっちゃんもヒセキ店長もぽよよんも別のチームだ。


「れっちゃんと俺、どっちを選ぶ気だ日比人……!」


「痛い痛い! 当然れっちゃんだよ悪いけど!」


「ねぇ」


 ボソ、と頭上から女子の声が聞こえた。

 見上げると、薄紫の髪の女子がその二重の瞳で俺を睨んでいた。


「うちの部員、恫喝するのやめてくれる? 不良くん」


「あぁ? 誰だお前」


「あ、違いますよ部長、この人は僕の友達です」


 どうやら日比人の知り合いのようだ。


「……ホントに? 言わされてるだけじゃなくて?」


 部長と呼ばれた女子はけっこう独特な格好をしていた。

 このクソ厚い日に黒セーターを着て、そのクセ腕まくり。首にはヘッドフォンを提げている。


 髪の長さはショートで、少しだけパーマ気味だ。


「そっか。ごめん、早とちりした」


 その謝罪は俺というより日比人に向いている。

 女子は紙パックのコーヒー牛乳を啜りながら去っていった。


「なんだアイツ」


「eスポーツ部の部長、すっごくゲーム強いんだよ」


 eスポーツとは、ゲームを一種の競技・スポーツとして捉える際の名前だ。

 eスポーツ部とはつまりガチでゲームをやる人間の集まり。ゲームの大会とかに本気で挑む連中だ。


「ってことは、お前eスポーツ部に入ってるのか?」


「うん! 最近入ったんだ。れっちゃんと肩を並べられるぐらいゲームが上手くなりたくてね。そーだ! 兎神くんもどう? eスポーツ部」


「俺は遠慮しとくよ。バイトで忙しいし、そこまでゲームが上手くなりたいとも思わない」


 あくまでゲームは楽しく遊びたい。

 部活でやるぐらいならガチだろうし、そのガチな空気を楽しめる自信は俺にない。



 --- 



 放課後になって、鞄を持って立ち上がると、


「兎神さん、一緒に帰りませんか?」


 と綺鳴に誘われた。


「いいぞ。今日はバイトもないしな」


 と了承し、俺は綺鳴と一緒に学校を出た。


「……兎神さん、今度のエグゼドライブ大運動会、どの組を応援するんですか?」


 クエッションマークを付けたわりに、綺鳴の目は確信を持っていた。

 黄色組ですよね? 黄色組でしょ? 黄色組以外ありえませんよね!? と心の声が聞こえる。


「……もちろん黄色組だよ」


「ですよねですよね! それでこそだいふくですっ!」


「ああ。俺はいつだってかるなちゃまの味方だ」


「……それはどうですかね」


 綺鳴は上目遣いで俺の顔を覗き見る。

 同時に蘇る6月の記憶。


「この前はハクアちゃんの味方したじゃないですか! あの一件、まだ許してないですからねっ!」


 頬っぺたを膨らまして怒りを表す綺鳴。可愛すぎる……俺がコイツの父親だったら抱きしめていただろう。


「だから、埋め合わせしてください」


「はいはいわかったよ。なにで埋め合わせすればいい?」


 綺鳴はほのかに頬を染めて、


「……私ともゲームしてください。大運動会で私が活躍できるよう、ゲームの練習を一緒にしてください」


「お、おう。別にいいけど――」


「では次の土曜日兎神さん家に14時に行きます! では私はこっちなので失礼します! さようなら!」


 早口でまくし立て、綺鳴は走り出した。


「あ、おい! ――行っちまった」


 アイツの逃げ足の速さはなんなんだ……。


 土曜はバイトもなにもないし、問題はない。

 土曜日、明後日に綺鳴が家に来る。

 それは推しが家に来るのと同義なのでは?

 やべぇ、そう考えるとなんか緊張してきたな。


……部屋の掃除しよ。

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