第30話 風邪風邪クライシス②

「……なんでそんな汗かいてるんだ? お前」


「あ、う……えっと」


「もう、おにぃ、無粋なこと聞いちゃダメだよ~」


 アオの後ろから妹の声が聞こえる。


「アオ姉はおにぃが心配で走――」


「わー! 瑞穂ちゃん、少しの間私が兎神くんを看病してるから部屋で休んでて! 瑞穂ちゃんも朝から看病で疲れたでしょ?」


「アオ姉は相変わらず奥手だね~」


 やれやれ、と呟き瑞穂は部屋を去った。アイツはどうも俺たちの関係を勘違いしている節があるな。


「それで体調はどう? いろいろ買ってきたけど」


 アオはゼリーやらバナナやらをレジ袋から出す。


「なんか……寒いな」


「そう? 部屋はけっこう暖かいけど……って、兎神くん! 汗凄いよ!」


 ホントだ。いつに間にか服が汗で濡れている。


「拭いてあげるから、上脱いで!」


「いーよ、大丈夫だって」


「駄目だよ! 余計に悪化しちゃうじゃない!」


 アオはクローゼットから替えのシャツを出す。

 仕方ないな。

 俺はシャツを脱いで、上半身を晒す。


「じゃあ頼むわ」


 俺はベッドの上に座り、アオに背中を向ける。


「うん、任せ……」


 数秒待つも、なぜかアオは背中を拭いてくれない。


「おい、どうした?」


「う、ううん。なんでもない!」


 アオはおぼつかない手つきで背中を拭く。

 なんか拭き方が撫でるような感じで、くすぐったい……。


「……兎神くん、昔に比べてたくましくなったね……」


「昔っていつの話だよ」


「小学5年生の時とか」


「それから何年ってると思ってるんだ」


 喧嘩の強さを見ればわかると思うが、俺は筋肉質だ。特にトレーニングとかはしていないので、親の遺伝子が良かったのだろう。


「はい、背中終わり。次、前拭くからこっち向いて」


「おう」


 背中が拭き終わったところで、アオの方を向く。

 思ったより……近い。

 アオはタオルを持ったまま硬直した。熱のある俺より顔が赤い。


 顔と顔の距離は10cmほど。


 アオは俺の顔に視線を張り付けたままだ。なんだこの変な間……別に意識してなかったのに、そういう反応されると照れてしまう。


「……」

「……」


 部屋で二人きり。

 今になってこのシチュエーションが妙にやらしく感じてしまう。


 やべぇ、いつもと違って熱で頭が回らない。自制心が――


「おにぃ、アオ姉、もう一人客が来たんだけど……」


 勢いよく部屋の扉を開けた妹は、俺とアオを交互に見た後、踏み出した足をそろーりと引っ込めた。


「さすがに風邪の時はやめといた方がいいんじゃない……? けっこう疲れるって聞くし……」


「違うから!」


「俺がアオに手を出すわけねぇだろ!」


「む」


 俺はフォローのつもりで言ったのだが、アオはなぜか怒った顔でタオルを持ち、勢いよく俺の腹筋をタオルで拭いた。


「いてっ!」


 摩擦熱が腹筋を襲う!


「それで瑞穂ちゃん、どんな子が来たの?」


「男の人。前髪が長い」


「あ、日比人だな」


「日比人って、周郷日比人くん?」


「知ってるのか」


「一年生の時同じクラスだったんだ。それならここでバトンタッチしようかな」


 アオは最後に俺の体をさーっと拭き、鞄を持って玄関の方に足を向ける。


「またね兎神くん、次は学校で」


「おう。看病ありがとな」


 アオが部屋から出て行く。

 それから10秒ほどで、日比人が部屋に入ってきた。でも日比人の目線は玄関の方に向いている。

 日比人は部屋に入って三歩ほどでようやく俺に視線を向けた。


「兎神くん、青空さんと知り合いなの?」


「幼馴染だよ」


「へぇ、凄いね。他の男子が知ったらきっと羨ましがるよ」


「羨ましい? なんで?」


「だって青空さん、凄く人気あるし。学年でトップレベルじゃないかな? 僕も青空さんはすっごく美人だと思うしね」


 アオってそんな人気あったのか……。

 そういや結構ナンパとかされてるもんな。


「あ、まず言うことがあったね! ごめんなさいっ!」


 日比人は両手を合わせて頭を下げる。


「メッセージでも言ったけど気にするなって。元はと言えば転んだ俺が悪い」


「それを言うなら、そもそもキーホルダー探しを手伝わせちゃった僕が悪いでしょ」


 日比人はカバンの中を手で探る。


「なにを持ってくれば兎神くんが元気出るかって考えてみたんだけど……これなんかどうかなーって思って……」


 日比人が鞄から取り出したのは、法被はっぴ姿のかるなちゃまのイラストが描かれたうちわだ。


「な、なんだそれ!? 夏祭り配信のかるなちゃまのうちわ!? そんなグッズ知らねぇぞ!」


「うん。だって僕の自作だもん。ずっと前に6期生全員分作ったんだ。これ、兎神くんにあげるよ」


「……家宝にすんぜ」


 日比人はかるなちゃまうちわで俺を仰ぐ。


「どう? かるなちゃまから送られる風は」


「……心なしか、どんどん体力が回復していってる気がする……」


 日比人は「あまり長くいると迷惑だよね」と長居せず、ノートを机に置いて計10分ほどで部屋を出て行った。正直ありがたい、ちょっと眠たくなってきたところだ。


 それから暫く客は来なかったので、俺はまた眠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る