第25話 月鐘かるなvs天空ハクア

 決戦の日がやってくる。

 今夜20時より、月鐘かるなvs天空ハクアだ。

 やれるだけのことはした。でも勝率は、俺の分析通りならば4割程度。

 三種の神器と共に、配信の時を待つ。


「……こっちまで緊張してきた」


 今は漫画にすら集中できない。

 ただただ無言で座して待つ。


――20時00分。


『きーん、こーん、かーん、こーん! 起立、礼! こーんばーんーはーっ! エグゼドライブ6期生の月鐘かるなです!』


 まずはかるなちゃまの挨拶。


『きーん、こーん、かーん、こーん! 起立、礼! こんばんは~。エグゼドライブ6期生の天空ハクアです~』


 かるなちゃまの真似をして挨拶するハクアたん。今日はかるなちゃまのチャンネルだから合わせたのだろう。


『さあ! いよいよ来ましたね、この日が』


 するりと進行するハクアたん。


『フッフッフ~! ハクアちゃん、今日もコテンパンにしちゃうからね!』


『どうかなぁ? コテンパンにされるのはかるなちゃまかもしれないよ~?』


『ムムムムムム……!!』


 穏やかなムードじゃないな。

 お互いガチだ。


 それから軽く雑談を挟んで、いよいよ決戦の時。


『私とムービィーは最強なんだから!』


 かるなちゃまは予想通りムービィーを選択、ハクアたんはルギアだ。


『……ふぅ~』


 ハクアたんの深呼吸。


「そうだ、落ち着け。落ち着いて練習通りにやるんだ……!」


 ゲーム音の『Ready Go!』というセリフと共に勝負が始まる。


『先手必勝! おらおらおらおらおらぁ!!』


『そう来ると思ったよ!』


 先にペースを握ったのはハクアたんだ。

 かるなちゃまの動きを先読みし、攻撃を躱していく。


『嘘……嘘!?』


『ここでこう、こうでこう!!』


 対策が上手く嵌った。

 かるなちゃまが予測通りの行動をして、ハクアたんが綺麗に狩った。ほとんど無傷で相手のライフを1つ削る。あと2つライフを削ればハクアたんの勝ち……だが、


『負けるかおらあああああああああああああああっっ!』


 かるなちゃまの反撃が始まる。

 ハクアたんの対策に対し、さらに対策し直してハクアたんのライフを削り返す。


『うっ……! やられた!』


『わっはっは! 勝負は最後までわからないんだよハクアちゃん!』


 調子に乗るかるなちゃま。ここまでは想定通りの展開だ。

 アドリブ力で劣るハクアたんは時間が経つほどボロを出す。だから最初に大きく先行する必要があった。最初ほとんど一方的にライフを1つ削れたことで、ライフを削り返されてもそれなりにかるなちゃまにもダメージを入れられている。依然、ハクアたんの有利。


 今度はハクアたんがかるなちゃまのライフを削った。


『うえぇ!?』


『あと、1つ……!』


 だがかるなちゃまもすぐさまやり返す。


『……取った!』


『やるね……!』


 緊張感が画面から溢れてくる。


『これで』


『1対1、だね』


 どっちもライフは1つ。撃墜されれば終わり。

 撃墜ゲージはかるなちゃまが半分、ハクアたんはまだ2割程度しか溜まっていない。ハクアたんの優勢だ。


『やだ、やだぁ……負けたくない……』


 半泣きのかるなちゃまの声が聞こえる。

 しかし!


「構うな! やれ!!」


 ひたすら煽ってきた罰を与える日が来たんだ!


『……最弱はやだ、最弱はやだもん!!』


 かるなちゃまが意地で反撃する。

 かるなちゃまの撃墜ゲージが8割に達し、ハクアたんの撃墜ゲージも7割を超えた。

 撃墜ゲージはMaxまで溜まるとほとんどの技で撃墜される。7割を超えると強攻撃ブレイク技一発で確実に沈む。


 だからかるなちゃまは相手の撃墜ゲージが7割を超えたら、当てやすいブレイク技を振りまくる癖がある! 


 かるなちゃまのキャラ、ムービィーがその技を使った。両手両足を体に収納し、横に転がるブレイク技だ。

 移動距離が長く、威力も高く、当たり判定も大きい。だが技の前にタメが入り、技の後には大きな隙が生まれる!


「ここだ!!」『ここ!!』


 ハクアたんの操作キャラ、ルギアはその場で回避モーションを取る。

 ムービィーのブレイク技が空振りし、大きな隙が生まれる!!!


『だめ……待ってえええええええええええええええええええっっっ!!!!』


『これで……終わり!!』


 ルギアがブレイク技を出し、隙だらけのムービィーに剣を当てる。

 ムービィーは流れ星の速さで場外へ飛んで行った……。


――勝者、天空ハクア。


『やった……勝った。はじめて、かるなちゃまに……他のVチューバーに勝てた……!』


「よし、よしよし! よく頑張ったなぁ、ハクアたん……!」


 やったやった! とはしゃぐハクアたん。

 もし目の前に居たら抱きしめたいぐらいだ。


――一方、


 かるなちゃまからは……嗚咽のような声が響いていた。


《え? 泣いてる?》

《ガチ泣き?w》


 とコメントが流れる。


『えーっと……かるなちゃま?』


『……もう、ハクアちゃん嫌いです』


 いじけた。

 南無阿弥陀仏。今回ばかりは敗北を噛みしめてくれ、かるなちゃま。

 そしておめでとう、ハクアたん。


 配信が終わったあとで、俺は“お疲れ様”のメッセージをハクアたんに送った。



 --- 



 翌日というか後日譚というか。

 次の日の朝、俺がマンションから出ると、電柱のところに満面の笑みの綺鳴が立っていた。


……そりゃもう不気味なぐらい晴れやかな笑顔だ。


「マジか……」


 罪悪感が心臓を締め付ける。どうせ麗歌にマンションの場所を聞いたのだろう。もしかしたら俺じゃなくてアオを待っているのかも、とも思ったのだが、

 綺鳴は俺を見つけると、ニコニコとした笑顔を張り付けたまま近づいてきた。


「おはようございます! 兎神さん!」


「お、おはよう」


 なんだ、上機嫌じゃないか。

 昨日の負けは引きずってなさそうだな。


「どうした? なんでここに?」


「兎神さん……私、実はいま~……すっごい怒ってるんですよぉ」


 うふふふふふふふ、と首を傾げる綺鳴。


 怒ってる……?


 いやいやいや、まさかな。さすがにそれはないよな……。


「えーっと、俺なにかしたっけな……?」


「本当に思い当たる節がありませんか? ホントのホントに?」


「……」


 俺が黙っていると、綺鳴の顔がハリセンボンの如く膨らみ、目には涙が浮かぶ。


「……麗歌ちゃんに聞きましたよ」


「(汗)」


「ハクアちゃんと一緒に打倒、月鐘かるなを目指して猛特訓していたみたいですね」


「(汗)(汗)」


「……兎神さんの…………裏切り者ぉ!!」


 口に溜めた空気を一気に吐き出し、綺鳴はきびすを返した。


「ま、待て! あれは麗歌からの依頼でだな!」


「知りません! もう月鐘かるなの配信見ないでくださいねっ!」


「それは俺に死ねと言ってるようなものだぞ綺鳴! 話を聞いてくれぇ!!」


 綺鳴の機嫌を直すのに丸1日かかった。



 ◇◆◇



「配信見ました。素晴らしい成長でしたね」


「うん。全部兎神くんのおかげだよ」


 3号館の1階には自動販売機がある。この自販機は学校内で一番人気のない自販機で、朝だとほとんど誰もいない。

 その自販機の側で二人の少女は話してた。朝影麗歌と黒崎青空だ。


「でも良かったのですか? アオ先輩が天空ハクアであることを告げなくて」


「いいんだよ。これはこれで楽しいからさ」


 ふふ、とアオは笑う。


(ハクアと話す兎神くんは可愛くて、青空と話す兎神くんはカッコいい。どっちも捨てがたいよね)


 麗歌はため息交じりに、


「それにしても、2週間も会話して相手が幼馴染だと気づかないとは。困った人ですね」


「うん! その件については一生許さないつもりっ!」


 アオの闇のある笑顔。


(結局、私がハクアの声に寄せるまで一切気づかなかったんだからあの男は……!)


 ゴゴゴゴと、アオの暗黒オーラが空間を埋める。


「……まぁ、アオ先輩はハクアとして話す時かなり声を変えているので、仕方ないと言えば仕方ないのですが」


 と一応兎神のフォローもする麗歌。


「これからも兎神くんにトラブルシューターを任せるつもり?」


「解任する理由がありませんよ。今のところ、完璧に仕事を果たしています」


「でも私や綺鳴ちゃんはともかく、残りの3人は……どうかな」


 アオは残りの6期生メンバー、七絆ヒセキ・蛇遠れつ・未来ぽよよのことを頭に浮かべる。


「そうですね。あの3人は……気難しいですからね。あの3人が抱える問題については、こちらで処理できるなら処理したい」


 麗歌は手に持った紙パックのジュースが空になったのを確認して、壁から背を離す。


「ねぇ麗歌ちゃん、これからもゲームの指導、時々兎神くんにお願いしてもいいかな?」


「お任せしますよ。天空ハクアのゲームの腕が上がればハクアの登録者数はもっと増える。悪いことはありません」


「本当にいいの?」


「? なにか問題が?」


「このまま私のゲームの腕が上がったら……いつか月鐘かるなお姉ちゃんの登録者数抜いちゃうかもしれないよ?」


 アオが探るような視線で聞く。

 麗歌は薄く笑って、


「あまり、月鐘かるなを舐めないでください」


 と言い放ち、3号館を出て行った。


「ほんと、シスコンだよね」


 1人残されたアオは手に持った紙パックをゴミ箱に投げ捨てる。



「……ちょ~っと、本気出そうかな」

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