蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】

枕崎 純之助

第201話 略奪者たちの上陸

 潮騒しおさいの響く海岸に夜明けが来た。

 水平線の向こう側から朝日が上り始め、海面と砂浜が朝焼けに赤く染まっている。


 浜辺では地引網じびきあみを引く数十人の漁師たちが力を合わせて漁にはげんでいた。

 公国の地方領で領主から漁業権を与えられた漁民たちだ。

 毎朝の日課となっている仕事をこなす漁師たちだが、彼らのうち一番若い漁師がふいに手を止めて、打ち寄せる波の向こう側の沖合に目をらす。

 それを見た彼の父親らしき漁師が息子を叱責しっせきした。


「おい。手を止めるんでねえ」

「いや……親父、ありゃ何だ?」


 息子にそう言われて父親も手を止め、それにならって皆が沖合に目をらした。

 すると沖に多くの船が停泊していて、そこから無数の小船に乗り込んだ人影が波とともに浜に向かって押し寄せてくる。


「どこの奴らだ? ここの漁場は領主様に許可をもらっている俺たちだけの場所のはずだで」


 そう言っていきどおる老漁師は、朝焼けに浮かび上がって次第に鮮明になるその光景に青ざめた。

 水平線が見えなくなるほどの海面をめ尽くしているのが、無数の小船とそれに乗る尋常じんじょうではない数の人影だと分かったからだ。

 そして、ものすごい勢いで小船をぎながら猛然と向かってくるのは、赤毛に褐色肌かっしょくはだをした体格のいい女たちだった。


「あ、ありゃダニアだで……ダニアの女たちだ!」


 ダニア。

 赤毛に褐色かっしょくはだが特徴の、女ばかりの一族だ。

 ダニアの女たちは皆、腕自慢の乱暴者であり、隊商や貴族をねらって略奪を働く盗賊とうぞく集団と恐れられている。

 

「けど親父。ダニアは金持ちばっかりねらって、まずしい農民や漁民からは奪わねえって聞いたぞ」

「そんなもん実際のところはどうだか分かんねえよ。早く逃げねえと」 

 

 そして現実は父親の言うことが正しかった。

 赤毛の女集団は次々と上陸すると、漁師たちが苦労して引き上げた地引網じびきあみを破り捨て、魚や貝などの海産物を次々と略奪していく。

 それを止めようとする漁師たちを、彼女たちは容赦ようしゃなくなぐり飛ばし、刃物で刺し殺した。

 そして漁師らの中でも若い男たちはダニアの女たちに取り押さえられ、衣服を破り取られて裸にされ、連れ去られていく。


 そのまま赤毛の女集団は海岸沿いの漁村になだれ込むと、金品を奪い、食料を奪い、若い男たちを奪い去る。

 漁村に住んでいた女子供や老人たちはたまらずに逃げ出し、村はあっという間に赤毛の女たちに占拠せんきょされた。

 そして船から降りた女の大群をひきいるのは、ひときわ体の大きな赤毛の女だった。


 その身長は軽く2メートルは超える。

 その女は漁村の中心にある村長の家に押し入った。

 家主はすでに逃げ去った後のようだ。

 彼女はその場所を拠点にすると、今夜はこの漁村を寝床にすると仲間たちに通達を出す。


 女たちは捕まえた若い男らを嬉々ききとして抱え、次々と建物の中に連れ込んで行く。

 その様子を見て巨躯きょくの女は口のはしり上げて笑った。


「どいつもこいつも禁欲の船旅でいきり立ってるな。結構なことだ。明日は朝から大移動だからな。今のうちにせいぜい発散しておけ」


 この上陸劇がやがて大陸を大きな戦火に巻き込む最初の火種となる。

 主から命じられて、その火種を持ってこの地にやってきたこの女の名はグラディス。

 遠き南方に浮かぶ砂の島からやって来た暴虐ぼうぎゃくの女戦士だった。

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