アイドルを目指す

あの日は、お父さんの出張でに付き添っていた時だった。


「部屋で寝転がってるくらいなら外で散歩でもして来なさい」


「はーい...」


アイドルを目指す前は、室内でゆっくり過ごすのが好きだった。だけど、お母さんの言葉には逆らうことが出来ないでいた。お母さんの言葉に素直に応じ外へ出ると太陽の光が視界全部を照らした。

秋ということもあり気温もそこまで高くなく、アパートの近くを歩き回っていた。知ってる友達なんて誰も居ない。この街に来てからそれほど時間も経ってない。


「みやっ!あんまり遠くまで行くなよーっ!!」


「大丈夫っ!!、そこまで遠くには行かないからっ!!」


誰かの声がした。私は気になってしまい公園の入り口付近で確認すると...二人組の女の子が居て、一人は私よりも少し背の高い歳上のお姉さん。そして、もう一人がボーイッシュな女の子で年齢は私とほぼ変わらないと思う。

遠目に見ていたのに気がついた歳上のおねえさんは、私に手を振って呼びかける。


「ちょっとだけで良いから、私たちと一緒に遊ばない!?」


呼び止められた瞬間は驚いたけど、暇している私にとっては時間を潰せると思った。


「遊ぶ。」


「マジで良いの?」


「門限までまだ全然あるから」


「それじゃ、みやちゃんの所に行って何して遊ぶか決めよ」


「それは良いけど、みやちゃんって子何処に行ったの?」


「あっ、またあそこに居る」


お姉さんが指を差す方へ顔を傾けると、ジャングルジムの一番上で腰を下ろして空を眺めていた。


「みやっ!」


お姉さんが呼ぶと、私たちのことに気がついたみやちゃんはジャングルジムから降りてきた。


「私たちと遊ぶことになった......えーっと、名前聞いて良い?」


「恋花っていいます。」


「れんかちゃんっ宜しくね。私のことは...綾姉って呼んでくれれば良いから。でっこっちは、みやちゃんって呼べば良いから」


「宜しくな。」


「うん。宜しくね綾姉とみやちゃんっ!」


お互いに自己紹介を済ませた後は、何をして遊ぶか話し合うことになった。


「何して遊ぶんだ?鬼ごっことかか?」


みやちゃんが、最初に提案したのは鬼ごっこだった。この敷地の広さなら十分に逃げ回れるから悪くないと感じた...私は、みやちゃんに賛同しようとしたけど、先に口を開いたのは綾姉だった。


「鬼ごっこも良いけど、かくれんぼにしない?私が鬼になるから良ってあげるからさー」


「僕はかくれんぼでも良いが、れんかはどうだ?」


正直、鬼ごっこでもかくれんぼでもどっちでも良かったけど、鬼になって探し回るよりかは、じっと隠れている方が気が楽だ。


「私もかくれんぼで良いよ」


「早速始めるから、1分以内に二人とも隠れて」


橙色に染め上げられていた木の下で、顔を両腕で隠しカウントを始めた。隠れ場所を探す為に走り出そうとしたその時だった。


「れんか、こっちに良い隠れ場所あるから一緒に隠れないか?」


みやちゃんが、私の手首を掴んでいた。そのまま手を引き離すわけでもなく、黙って頷いた。彼女の後ろ姿は私と同じで、背も高くないし大人のように強くもない筈なのに、みやちゃんと居ると何処か安心出来る自分がいた。


「着いたぞ」


そう言われた私は、みやちゃんから手を離し、そっと顔を上げる。

その景色を見た瞬間目を見開いた。その場所は、林に囲まれた休憩スペースだった。木々に囲まれ、空を除けば全てが緑色に包まれていた。


「公園にこんな場所があるなんて...」


「驚いたか?」


「うん、驚いたし、何よりも綺麗っ!」


この会話をしても居てもいずれは、会話が途切れ気まずい時間が流れてしまう。そんな予感がした私は、みやちゃんと二人っきりでしか出来ない質問をすることにした。


「みやちゃんって何でそんなに強いの?」


「そうか?僕なんか姉貴に一度も勝てたことないから、強いって思ったことないな」


みやちゃん自身は弱いと感じるのかもしれないけど、私からしたらその行動力自体が羨ましいと感じてしまう。保育園や幼稚園に行ったこがない私は同年代の女の子と話すこと自体、今日が初めてなんだから。


「どうしてそんなこと聞くんだ?」


みやちゃんは首を傾げて質問の意図を聞こうとしてくる。


「だって...みやちゃんを見てると私が弱いって...」


「まだ会ったばかりだから恋花のこと分からない。だけど、僕は弱くても良いと思うぞ」


「どうして?」


私には、みやちゃんの言っている意味が分からなかった。どんな時でも強くなければ対処出来ないことだって多くある。弱い私でいるより強い私でいる方がメリットでしかないと感じていた私にとってみやちゃんの考えは、意外なものだった。


「だって、どれだけ強くても人を笑顔に出来なければ意味がないだろ。無理して強くなるより、相手を笑顔に出来る人の方が凄いって感じるな」


そんな考え方があるなんて知らなかった。


「どうしたらそんな人になれるの!?」


「例えば......とかになれば、色んな人を笑顔にできると思う。恋花って可愛いし、アイドルになれるんじゃないか?」


「か...可愛いって....今までそんなこと言われたことなかった...」


頬を赤らめて、みやちゃんから目を逸らす。女の子同士なのに、可愛いって褒められただけで、嬉しくなっちゃう。

かくれんぼをしていることを忘れ、会話に没頭していると、背後の茂みから人影が近づいていたことに気が付かなかった。


「二人とも見っけっ!」


「きゃっ?!」


「っ.....?!」


茂みから勢いよく姿を現したのは、綾姉だった。私は、驚いて思わず声を出し、みやちゃんは、体をビクッとさせて後ろを振り返った。綾姉であることに安堵の息を漏らした私たちは、お互いに曇りない笑いを見せ合った。

その後は、鬼を何度か交代しながら遊んだ。楽しい時間はあっという間に過ぎ、日が傾き、燃えるような赤に変化していた。


「二人と遊べて楽しかった。また、遊ぼうね」


「あぁ。いつになるかは分からないけど、また此処で会えたら次はかくれんぼ以外で遊ぼうな」


「恋花ちゃん寄り道せずに帰るんだよ」


「ありがと、綾姉とみやちゃんっ!バイバイ」


「またね」「またな」


みやちゃんと綾姉が離れていくのと同時に、いつ会えるのか分からないという恐怖心が芽生えた。小学校に入学して会えるのか、それともずーっと先になるのか...

後悔なんてしたくないと思った時には、二人に届くよう声を張り上げた。


「二人ともー!!私絶対にアイドルになるからねー!!」


私の声に気づいた綾姉とみやちゃんに大きく手を振ると二人も手を振り返してくれた。姿が見えなくなると同時に、また一人ぼっちになってしまったことに虚無感を抱いた。


「アイドルになれるか分からないけど頑張ろっ!」


その日の夜、お父さんから出張期間が終わったことを告げられ、翌日に帰郷することになるなんて思いもしなかった。

この夢が、叶うかは分からないけど、みやちゃんにアイドルになった私の笑顔をもう一度見てもらいたい。芸能界で人気になって、みやちゃんに見つけてもらう。その為なら頑張れる。



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