いつもは真面目な委員長だけどキミの彼女になれるかな? #委員長彼女
コイル@委員長彼女③6/7に発売されます
第1話 正しい太陽
職員室の横にある廊下。
窓からは斜めに夕日が差し込んでいて、外から野球部のかけ声が聞こえてくる。
授業がすべて終わった平和な放課後……とはいかない。
2年B組の担任内田先生は目を血走らせて俺……
「じゃあ辻尾くん。運が悪かったと思って、これよろしくね」
「先生。いくらなんでも日直の仕事として重すぎませんか?」
「日直の仕事量ってのはね、先生の采配ひとつで決まるのよ! 先生これから超絶めんどくさい会議! 事務の先生が入院しちゃったのよ、悪いけどよろしくね!!」
内田先生は大きなため息をついて校長室に入っていった。
夕日が差し込む長い廊下には、俺だけがぽつんと残された。
部活に入ってる人たちは活動中。
入ってない人たちは帰宅した時間帯で、誰もいない。
「学級日誌を持って来ただけなのに……」
俺は職員室の横にある資料室の床から生えたタワーみたいな量のプリントを見てため息をついた。
頼まれたのは、これを3学年5クラス、人数分に分ける作業だ。
スマホを確認すると16時。18時からバイトだから17時には学校を出たい。
もうため息をついている暇はない。運が悪かったということで作業を開始することにしてプリントタワーに手を伸ばした。
「1年A組が36人。2枚ずつ予備を入れるから38枚」
俺は壁に貼ってあるクラス人数表を見て紙を数え始めた。
10枚掴んだつもりが数えると8枚。2枚追加して10。同じように20、30であと8枚追加して38枚、と。
それを1年A組の手紙箱にぶち込む。
……予想より紙を数えるのに時間がかかる。
これ3学年5クラス分? バイト間に合う?
「辻尾くん。先生に頼まれたの?」
声がして振り向くと、入り口に同じクラスの
まっすぐに揃った黒く艶々とした前髪に、斜めに入ってくる夕日が反射してキラキラと光っている。
メガネの向こう側に見える瞳も丸く大きく、長い手足が床に影を落としている。
正統派美少女という空気はクラス中……学年でも一位二位を争う美しさ。
性格も真面目で話し方も丁寧で、先生の覚えもよく、クラス委員兼、生徒会役員。誰にでも分け隔てなく話しかける明るい性格で人気がある人格者だ。
誰が呼んだか『正しい太陽』。正しいのに、明るく、優しい。
二年生のクラスが始まってまだ一週間なのに、一度も話したことない俺の苗字を覚えてくれている事に感動してしまった。
でも吉野さんは銀のフレームのメガネを持ち上げて、
「私も先週これをやったわ。事務の方が切迫流産で入院されて大変みたい」
「そうなんだ」
「だから手伝います。私は友達が手伝ってくれて30分で終わったし」
「え、あ、助かり、ます」
「大丈夫」
吉野さんは黙って黙々とプリントを仕分けて、宣言通り30分で作業を終わらせた。
「じゃあまた明日。おつかれさま」
と去って行った。お礼を言おうと思った時にはもう下駄箱から出て行って居なくて俺の「ありがとう」は靴箱の隙間に消えていった。
なんというか、美人聡明しっかりさん……本当にこんな子がいるんだな……と俺は無駄に感心してしまった。
俺だったら見かけてもスルーする。手伝わない、帰る。
スマホを見ると17時前だったので、俺も慌てて教室に戻り学校を出た。なんとか間に合いそうだ。
「店長、これどこに持って行けばいいんですか?」
「それは南通りの店だ、よろしく」
「了解です」
バイトには余裕で間に合った。やっぱり17時に学校出れば18時には着ける。
俺はできあがった唐揚げとポテトが入った容器を持って裏通りに出た。
ツンと匂ってくるのはションベン臭さ。
ビルの隙間に置かれているゴミ箱からは生ゴミが溢れかえっているが、隙間を慣れた足つきで走った。
俺はサラリーマン家庭で育った普通の高校生だけど母親の母親……ばあちゃんは繁華街に何件もクラブを持っている経営者だ。
実は中三の時に色々あって不登校になった。
その時ばあちゃんに「暇なら走れ!」と言われてこの店の配達員として駆り出された。
不登校になった受験生をこんな地域でバイトさせるなんて……と母さんはばあちゃんにキレたけど、俺は逆に目が覚めた。
めっちゃ頭がいいのに学歴がなくてキャバクラの店長してる人、有名企業で働いてるのに女の髪の毛掴んでるバカ男、高学歴なのにホストにハマって風俗で働く女の人。
自分が恐ろしく狭い世界に居たことを知り、バイトはじめて一ヶ月で学校に復帰して高校に合格、それからずっとここでバイトしてる。
町は汚いし、ビルにエレベーターは少なく、土地勘と体力必須だ。
階段を駆け上がって目的地のキャバクラに入って店長に一声かけて唐揚げを置いた。
店に戻るために階段を降りてビルの隙間に入ろうとしたら、女の子の叫び声が聞こえた。
「違うって言ってるの! 引っ張らないで!!」
「ぜってーお前だよ、この顔何度も見たんだよ! お前が連れてった店のせいで俺の人生終わったんだよ、ああん?!?!」
大声を上げてるのはスーツを着ているサラリーマンだ。
真っ赤な顔をしてベージュの髪の毛を掴み、叫んでいる。
女の子のスカートは短くてハイヒール。どっからどう見てもギャルだ。
「お前が連れて行った」……ぼったくりとつながってるデートクラブに騙されたのか?
可愛い子と安くお茶した~と思ったらその後ご飯連れて行かれてお茶が2万円ってヤツ。
女の子は男から逃げようと頭を振って、
「だから違うって! 私はそんなことしてない!!」
「!!」
聞き覚えがある声に俺は振り向いた。そこにはさっきまで一緒だった
学校ではメガネをしててメイクなんて全くしてないけど、今はメガネなしで派手なメイクでアイシャドーも口紅もばっちり塗ってある。
学校では黒髪の肩より上のショートボブだけど、今はベージュのロングのふわふわヘア。
学校の制服は着崩しゼロだけど、今はニットはVネックでスカートはめちゃくちゃ短い。
丸出しの足先に申し訳程度くっ付いているハイヒールは男に髪の毛掴まれてふらふらしている。
まるで別人のようだけど、俺はこの町でバイト歴が長く、女の人の変身を見慣れている。かなり化粧をしてるけど、あれは間違いなく吉野さんだ。
……あの靴で逃げ切る方法。
俺は一瞬で考えながら吉野さんのほうに駆け寄って手を引っ張った。
「吉野さん、こっち」
「!! えっ?! 辻尾くん!! なんで?! えっ?!」
吉野さんは驚いて目を白黒させているが、今は説明してる時間がない。
というか、俺を見たあの表情! 学校と全然違う。
俺は驚きながらも吉野さんを先導してビルの隙間に入った。吉野さんはハイヒールをカンカンいわせながら俺のあとを付いてくる。
「まてこらあああ、そいつに用があるんだよ!!」
酔っ払いサラリーマンが追ってくる。俺たちはビルの隙間をぬって走る。右折して、左折して……それでもサラリーマンは諦めずに追ってくる。
酔ってんのに元気だな。俺の後ろを走っている吉野さんは必死だ。そりゃハイヒールで全力疾走は誰だって辛いだろう。
走りながら生ゴミだらけのゴミ箱を蹴っ飛ばして道を塞ぐと、中からゴキブリとネズミが大量に走り出した。
男がそれを避けている間に目の前にあったビルの階段を駆け上がり、とある部屋のドアノブを指紋認証で開けて入る。
吉野さんがドアの前で叫ぶ。
「えっ?!」
「いいから入って」
俺は吉野さんを店の中に入れて中からも鍵をして、扉の前に座り込んだ。
背中のドアをゴンゴンゴンゴン蹴飛ばす音が響く。
「おいこら出てこい、ここに逃げ込んだのは分かってるんだぞ、くそ女、お前が連れてった店のせいで俺は会社クビになったんだ!!」
「……ぼったくりにでも連れてったの?」
はあ、はあ、と横で息をしている吉野さんに向かって俺は聞いた。
吉野さんは荒い息を吐きながら首をぶんぶん振った。
ぼったくりに連れて行く……学校での優等生キャラからすると、あり得ない。でも……この服装の吉野さんならアリかも知れない。
他人のそら似の可能性80%、本当に吉野さんがデートクラブとかでバイトしてて、気がつかずにぼったくりに連れて行った可能性20%。
会計時に女子は裏口から逃げて、秘密にされてることもあるから、本人が知らずにやってる時もある。
俺たちの背中ではゴンゴンとドアを蹴飛ばすサラリーマンが叫んでるので、俺は少しだけ身体を吉野さんに近づけて話す。
「……プリント分け手伝ってくれてありがとう。おかげでバイトに間に合った」
「それで助けて貰えたのかー、良かったあ。でもこれ助かったって言える状況? あ、私学校と外でキャラ違うから、びっくりさせてごめんね。もうバレちゃったし開き直っちゃお、ていうか別人になってると思うけどよく気がついたね、あはは~!」
そう言って吉野さんは顔をくしゃぁとして笑った。
クラスの真面目美少女のくしゃくしゃ笑顔……こんな状況なのに「吉野さん、こっちのが全然可愛いな」と思ってしまった。
でもまあ確かにその通り。のんびり話しているが背中のドアはドコドコ蹴られている。
俺はスマホを開いて時間を見た。
「大丈夫、もうすぐ来る」
「え?」
俺たちが黙って扉の前にいると、カンカンカン……と階段を上ってくる音が響いた。
そしてドスが利いた低い声が狭い踊り場に響く。
来たようだ。
「おいテメー、うちの店の女の子に何の用だあああ?!?!」
「えっ、違いますよ、俺を騙した女がここに逃げ込んだんスよ!!」
「みんなそう言うんだよ、こっち来いや!!!」
「ひえええ、うわああああ……!!」
ドアを蹴っていた音と叫び声が遠ざかり、静かになった。
俺は立ち上がって部屋の中を歩き、通路側の窓を開けた。遠くのほうにお兄さんたちに連れて行かれるサラリーマンの姿が見えた。
……もう大丈夫だ。お兄さんたちがガッツリ絞ってくれるはず。
ああ良かったと安心して外を見ていると腕にむにゃりと柔らかい感覚。
んん? 横を見るとピンク色の髪の毛の女の子が目を輝かせて立っていた。
「陽都だあ~~。またバカが来てたの? あ、ねえ、私のブラジャー知らない? また無くなったの」
「!!!!」
むにゃりとしていたのは、ブラジャーなしの胸だった。
ペラペラなキャミソールでブラジャーなしなので、乳首がばっちり透けて見える。
だから高校生の前でその姿はやめてほしい。俺は目をそらして極めて冷静を装って、
「……ミナミさん、ブラはいつも洗面所に干してますよね」
「あー、忘れてた、ごめんごめん~~」
「あと部屋の中、ノーブラでふらふらするのやめてください。一応緊急避難所として指定されてる場所なんで男も入りますよ」
「入れる人決まってるじゃん~~」
「それでもやめてください。あの、そろそろ時間なんじゃないですか? 行った方がいいと思います!!」
「この子新人ちゃん? 可愛いね、また会おうねー!」
ミナミさんは吉野さんの顔をのぞき込んで微笑み、去って行った。
……はあ。やっと落ち着いた。
緊急事態で仕方なく入ったけど、やっぱりここは下着姿の女の子が多くて慣れない。マジで無理すぎる。
俺は熱くなった頬に手で風を送りながら吉野さんの方を向き、
「ここは風俗店で働いてる子の控え室なんだ。ヤベーヤツが殴りこんで来た時に逃げ込めるように指紋認証と頑丈な扉、警備システムががっつり付いてる便利な場所」
「……辻尾くん、なんでこんな所知ってるの?」
「ここら辺でバイトしてて詳しいだけ。じゃあ気をつけて帰って」
そこまで言って俺はふと気がついた。
「あのさ、ここら辺で働いてること、学校の子には知られたくないから秘密にしてほしいんだけど」
俺は学校で目立つタイプではない。身長は背の順で真ん中、寝癖のひとつも付かないストレートな黒髪の、本当に普通の男だ。
こんなことで注目されたくないし、世界で一番尊敬してるばあちゃんをネタにされるのもイヤだ。
吉野さんはコクンと頷いて、
「私も学校と違って、こんな服装でウロウロしてること秘密にしてほしい。今からバイトで時間ないから、明日学校終わったら話さない? 連絡先教えてよ!」
そういって吉野さんは小さな鞄からスマホを出した。
俺の心臓がバクンと跳ねた。クラスで一番可愛い吉野さんと連絡先を交換。
でもまあ教えてと言われるなら……と俺はスマホを取り出した。吉野さんは、
「LINEでもいい? インスタはログインばれるから、学校出たら落としてるの」
「ああ、大丈夫」
俺たちはLINEを交換した。
「じゃあ明日まず学校で! あ、でもここで会った事はちゃんと秘密にする、絶対誰にも言わないから、ふたりだけの秘密ね!」
そう言って走って行く吉野さんを俺は見送った。
俺はLINE画面にある吉野さんのアイコンを見てニヤニヤしてしまった。
最近は母さんとバイト先の人としかLINEで話してなかったので閑散としている友達欄に、吉野さんがいる。
吉野さんは妹だろうか……すごくそっくりで可愛い女の子とふたりで写っている写真だ。こんな可愛い子とふたりだけの秘密……。
どう考えても嬉しい。ニヤニヤしていたが……すぐに店長から電話がかかってきて走り始めた。
たぶんすげー怒られる。配達ひとつに時間かけすぎた。
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