第62話 コックは、泣く

「クリス、悪いんだけど夕飯は別で良いか?」


「分かったわ。お父様に呼ばれてるのね?」


「ああ、悪いけど頼むよ。食事は部屋で摂るか?」


「そうするわ」


クリステルの食事は、コックが自らの手で運んでくる。ファルに教えられてクリステルが生きていたと大喜びしたコックは、以前のような事があってはならないとクリステルの食事を自ら運ぶと言って聞かなかった。異例ではあったが、国王の許可を得て認められており、侍女やメイドもクリステルの過去を考えると妥当な判断だと納得していた。


クリステルの帰還に大いに貢献したコックだが、その功績は全てレミィ達の功績となっており、コックの活躍は本人の意思により全て内密にされた。真実は城内では国王とクリステル、ジルしか知らない。


彼は、仕事がしにくくなるのが嫌だからと自らの手柄を手放した。代わりに望んだ事は、生涯クリステルの食事を作りたいというものだった。


「クリステル様、食事をお持ちしました」


「ありがとう。コルトさん」


「なっ……私の名を覚えて下さったのですか……?」


「もちろんよ! わたくし、コルトさんのお料理を食べるのは今日が初めてなの。今までここで食べていたご飯は、その……保存食の方が美味しいくらいだったし……。コルトさんのご飯は、全部他の方のお腹に収まってしまっていたし、パーティーではほとんど食べられないし、社交のディナーの料理人は別の方でしょう? だから、とっても楽しみにしていたの! 早速頂きますわ」


無意識にコルトを魅了しつつ、クリステルは祈りを捧げてから夕食を食べた。一口食べると、クリステルは笑顔になりコルトに礼を言った。


「とっても美味しいわ! コルトさん、ありがとう!」


「はっ……。こ、光栄ですっ……」


コルトは、大粒の涙を流して泣き崩れた。クリステルは慌ててコルトにハンカチを渡す。控えていたメイドが近づこうとしたが、クリステルが止めた為に持ち場からは動けなかった。


そのまま食事を終えて、メイドが出した茶を一口飲んだクリステルは、メイドに聞いた。


「とっても美味しいわ。ねぇ、このお茶をジルにも飲んで欲しいの。わたくしが自分で淹れるから、茶葉を持って来て下さる?」


「……え……。いや、お茶は私が淹れます」


「どうして? 大好きな夫に自分の淹れたお茶を飲ませてあげたいの。どうして駄目なの?」


「……それは……」


クリステルは、不愉快そうに顔を歪めてメイドに命じた。


「命令よ。今すぐ茶葉を持ってきてちょうだい」


「……かしこまりました」


メイドは顔を歪ませながら退出した。その隙に、クリステルは飲んでいた紅茶をハンカチに染み込ませてカップを空にした。


「お待たせ致しました」


「ありがとう。ちょっと淹れる練習をしようかしら。早速使ってみるわ。そうだ、ジルがあとどれくらいで戻って来れるか確認して頂ける?」


「まだかかるのではないかと……」


「だから、確認してって言ってるじゃない」


「かしこまりました」


再びメイドが退出すると、クリステルはすぐに茶葉を確認した。


「茶葉に盛るなんて迂闊な事はしないわね。まぁ良いわ。この茶葉も確保して……ん?」


クリステルは、茶葉の入っていた缶の上に茶葉とは違う物がある事を発見した。


「これは……」


それは、クリステルも採取した事のある毒草だった。即死効果はないが、ぼんやりして判断能力が無くなる。摂取して、1時間くらいでじわじわと効いてくるタイプのものだ。念の為にファルから処方された解毒薬を飲み、毒草と茶葉をハンカチに包んだクリステルは、悲しそうに呟いた。


「なるほど……ね。やっぱり、駄目なのね……」


「クリス、ただいま」


「ジル! おかえりなさい!」


クリステルはジルに抱きつき、こっそりとハンカチを手渡す。ハンカチには、先程の紅茶、茶葉、毒草が入っている。


「悪い、今は休憩なだけだからすぐに戻らないといけないんだ」


「分かったわ。お茶淹れたかったのだけど……今度にするわ。無理を言ってごめんなさい。お茶は下げて頂ける? わたくしは、今日はもうお部屋で大人しくしているわ」


「それが良い。湯浴みをして休んでいてくれ」


「ええ、そうするわ」


「それじゃ、あとは頼む」


明らかにホッとした様子のメイドが礼をしてジルを見送り、クリステルはメイドと侍女達に話しかけた。


「疲れてしまったのかしら。少しだけぼんやりするの」


「身支度を整えて、おやすみになってはいかがですか?」


「そうね。そうするわ。湯浴みの準備をして頂ける? それから、このお茶も下げて。また今度淹れるわ」


「かしこまりました」


メイドは、お茶を下げる時に明らかにホッとしていた。お茶を下げるメイドの背中を、クリステルは冷たい目で見つめていた。

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